今年も残すところ一週間程度、ようやく俺たちはアランヤ村へと戻ってきた。

「開幕ダッシュ、開幕ダッシュでパメラ屋に向かうからな」
「ぷに」

 一体パメラさんはどうなっているのか、これが気になってしょうがない。
 あの時のトトリちゃんたちの口ぶりから察するに、生贄になってたりはしないみたいだが。

「お、やっと着いたのか」

 馬車が止まると、後輩君が見計らったかのように目を覚ました。

 俺も昔は電車で駅に着くたびに目を覚まして寝てを繰り替えしてたもんだ。
 ちょっと懐かしいじゃないか。

「よーし、着いたぞー」
「とうっ!」

 後ろからペーターの声が聞こえると同時に俺は馬車の扉を開け放ち、飛び降りた。

「待っててください! パメラさ…………ん?」

 走りだそうとすると、俺はふらふらとその場でくらついてしまった。

「ぷに?」
「立ち眩みもとい、飛び眩みかね?」

 心なしか頭痛もしてきた……。

「アカネさん、大丈夫ですか?」

 そんな俺の様子を見てか、トトリちゃんが俺の方へ歩み寄ってきた。

「もしかしたら十数年ぶりの風邪なのかと若干ワクワクしています」

 俺の体は丈夫すぎて小学生以来風邪の一つにもかからない。
 中学生でインフルエンザになった時、筋トレしてたら一日で治ったという逸話はあまりにも有名である。

「だが俺にはパメラさんの無事を確認するという使命が……」
「何言ってるんですか、ほら早く宿屋さんに行ってください」

 トトリちゃんが俺の背後に回り込んで、両手で俺を宿屋の方向に押し始めた。
 ただ非力すぎて全然堪えない……なんて事はなかった。

「うおっとっと」
「先輩、本当に体調悪いんじゃないか?」

 トトリちゃんにちょっと押されただけで前のめりに倒れそうになってしまった。

「言われてみると、なんか足元がふわついているような……」

 え? もしかして本当に風邪?
 つまりお見舞いイベント、ツェツィさんが俺の宿屋を訪れ……おでこを当ててきて熱はないみたいね。そんなイベントが待っているんじゃ……。

「胸が熱くなってくるな……」
「ね、熱まであるんですか!?」
「いや、そういう意味じゃ……あと無理しなくていいからな?」

 トトリちゃんが懸命に背伸びをして俺のおでこに手を当ててきていた。
 なるほど、こういうイベントもあるのか。

「と、とにかく早く戻ってください」
「俺の部族では病気の時にはお粥しか食べちゃいけないって風習があってだな……」

 背伸びをするトトリちゃんの肩に手を置き引き離して、俺は目を見つめてそう言った。
 風邪の時に可愛い子にあーんでお粥を食べさせてもらう、それが全人類の男性の悲願なのです。

「それじゃあお粥を持って行きますから、大人しくしててください」

 種は蒔いた、後は実がなるのを待つだけだ。看病イベントと名のな。

「それじゃあシロちゃん、アカネさんの事ちゃんと見ててね」
「ぷに!」

 俺はぷにの事を厄介払いしておこうと心の中で密かに誓い、宿屋の方向へと歩いて行った。


…………
……


「グッ……グヌヌ……」
「ぷに〜?」
「ガッデム……」

 宿屋に戻って、俺はベッドの上で一人悶え苦しんでいた。
 決してこれから起こるイベントを想像して、悶えているわけではない。

「ヤバい、この頭痛はヤバい。神様俺は何か悪い事をしましたか?」

 まるで頭蓋骨に鉄の杭でも打ち込まれいくかのような鈍い痛みがダイレクトに脳内に響いている。
 これはマズイ、俺の人生至上最大のピンチだ。

「薬……薬がほしい……」
「ぷに?」
「薬中みたいだあ? いっそ麻薬でもいいからほしいくらいだ」

 とりあえずこの頭痛をなくせるなら何でも構わない。

「もうダメだ。一刻も早く薬をもらいにいかなければ……」
「ぷに〜」

 俺はのっそりと立ち上がり、俺は普段錬金術に使っている杖を取り出した。
 そして、それに体重を預けながら一歩一歩重々しく踏みしめながら扉の前まで来た。

「こんな事なら自前で薬くらい作っとけばよかった……」

 そう過去の自分に恨みごとを言いつつ、俺はアトリエへと向かった。

 そして宿屋を出て、広場を通り、坂を登っていき、トトリ家へ着いた時の俺の体調ときたら……。

「どういうこっちゃ」
「ぷに」

 とっても気分爽快、そこには元気そうなアカネの姿がってテロップが付くレベルだよこれ。

「実は気のせいだった?」

 頭痛がしたと思ったけど思い違いだった。それはそれで別の頭の病気だと思います。
 本当に最近の俺はいろいろとおかしい気がする。

「とりあえず薬もらうだけもらっとくか」
「ぷにに」

 アトリエに通じる方の扉を軽くノックして、俺は中へと入っていった。

「ん?」
「よいしょ、よいしょ。ぐるぐるるー」
「そうそう上手上手。もうちょっとがんなばってねー」

 アトリエに入ると釜の前に立つ我が妹ことピアニャちゃんと師匠。
 そしてピアニャちゃんは釜をかき混ぜている。たぶん教えている師匠。

 おいおい、これは失敗して落ち込む師匠の事を俺が慰めるパターンじゃないか。

「ぐるるるー……わわわ?」
「あるぇ?」

 釜がちょっと光ったと思えば、角度でよく見えないが成功したっぽい。

 ……成功?

「ロロナー。なんかヘンなのできたよ?」
「すごい! すごいよぴあちゃん! 一回目でいきなり成功するなんて……アカネ君、ううんトトリちゃんよりすごい!」

 たぶん師匠の中では『トトリちゃ>俺』こういう図式なんだろうな。

「おいこら師匠、もうちょっとオブラートに包むべきだろう」

 俺が入ってきた事にすら気づいていない様子の師匠の肩をぽんと叩いた。

「わわっ!? あ、アカネ君!?」

 師匠は凄いスピードで俺の方に振り向いた。
 そしてちょっと目をそらしながら、まごう事なき言い訳を始めた。

「ち、違うの、今のは違うの! こないだ読んだ本に褒めるときは身近なもので比較しましょうって書いてただけで……」

 そういえば結構前に師匠のアトリエに置いてあったなそんな内容の本。確かタイトルは『駆け抜けろ教師道』

 ……今回は怒らないでおくとしよう。

「あにきあにき! トトリよりもあにきよりもすごいんだって!」
「そうか、よかったな」

 ピアニャ、お前もまた鬼の子であったか。
 ただただ可愛いマスコットキャラだと思えば、とんだ食わせ物よ。

 俺は表面上笑顔で、ピアニャちゃんの頭を撫でてあげた。

「まあしかし……」

 これはピアニャちゃんとの親交を深めるチャンスじゃないか?
 あんまり一緒にいる時間なかったし、これを機に仲良くできるかもしれない。

「よし妹よ。次は俺が爆弾の調合を教えてやろう。俺が教えれば失敗するはずがないから安心してくれ」
「アカネ君ずるい! ぴあちゃんにはわたしが先に教えてたんだよ!」

 そう反論してくるか師匠、どうせまたぐるぐるとか言って教えてたんだろう。
 俺の方が絶対に教えるのうまいし、毎分十回釜を撹拌してみたいな感じでわかりやすく説明するし。

「そうだ! ぴあちゃん爆弾とおいしいパイ作るのとどっちがいい?」
「パイがいい!」

 両手を上げてパイに賛成するピアニャちゃん、師匠は得意げな顔で俺の方を見てきた。
 師匠にはもうちょっと大人気ないって言葉を知ってほしい。

「クッ!」

 俺はこれ以上踏み込めないと判断し、リビングの方へと歩みを向けた。
 すると、扉の向こうからひそひそと声が聞こえた。

「ずるいわ先生。トトリちゃんだけじゃなくて、ピアニャちゃんまでとられた……」
「ずるいピアニャちゃん……お姉ちゃんだけじゃなくて先生までとられた……」

 そんな二つの沈んだ声が聞こえてきた。
 おそらくヘルモルト姉妹と思われるが、姉妹そろって盗み見は正直どうかと思います。

 俺は咳払いを一つして、少し待ってから扉を開けた。

「トトリちゃん、薬もらいに来たんだけど……」

 そこにはさも当然かのようにテーブルの前に座っているトトリちゃんの姿が。
 ツェツィさんは一体どこに隠れたのだろうか?

「アカネさん、体調悪いんじゃないんですか?」
「治った? うん、治ったと思うんだけど一応薬がほしくてな」
「そうなんですか、それじゃあちょっと待っててください」

 トトリちゃんはそう言うと、アトリエの方へと引っこんで行った。
 
 俺はその後薬をもらい、すっかりなくなった頭痛に何の疑問も持たずに宿屋へと帰っていった。
 

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