近頃のアーランドではとある噂で持ちきりだった。

 ある人曰く、盗みを働いて家に帰ったら家の家具が全部壊されていた。
 置手紙には『盗んだお金でコーディネートしてください。応援してます(笑) ブラックマン』だとか。

 ある人曰く、小競り合いをしていたら一方的にぶん殴られた。
 捨て台詞は『喧嘩両成敗、だったら片方が二人分受け持てば良い。以上ブラックマンでした』だとか。

 つまりは皆結構面白がっている。







「黒き怪盗が全ての悪事を黒く塗りつぶす! 俺の名はブラックマン!」

 今日も今日とて悪を裁こうと、俺は屋根の上でサーベル片手に横ピースをしていた。

「とうっ!」

 屋根から飛び降り、俺は石畳の上を走る若者の目の前に降り立った。
 サンライズ食堂で飯を食おうとしたらこの子が金を払わずに出て行ったので、俺はすかさず正義のヒーローに変身して追いかけたのだ。

「で、でたっ!?」
「クックック、食い逃げだろうと何だろうと……俺の目は見逃さない!」

 左手のサーベルでシルクハットのツバを上げ、そのまま若者君に突きつける。
 既に人が周囲に集まり、俺の名を呼んで騒ぎ立てていた。
 ギャラリーも十分、ここは皆の期待通りにするとしようではないか。

「理由は問わず悪即斬、それが皆にできる平和への第一歩。以上ブラックマンでした」

 ニッコリと歯を見せて笑いながらサーベルをしまい、絶望感で一杯の顔をした彼に右手のリボルバーを向けた。

「ゆ、許してくれたりは……」

 容赦という文字はブラックマンの辞書にはない。
 何の躊躇いもなく引き金を引くと、出てきたのは透明の液体だった。

「――下剤入りだ」

 ニヒルに笑った俺はうずくまる彼に銃口を突き付けたまま周囲を見渡した。

「悪を働く者は我が正義に跪く! 街の平和を乱す者は許さない。我が後には枯れ木一つ残さない! 混沌より出でし使者、我が名はブラックマン!」

 胸ポケットのバラを投げ渡すと、放射状に飛んで行ったそれの着地地点には見事に空白ができた。
 前にやったバラに軽い爆竹を仕込むが意外と響いている。人気がない訳ではない。

「それでは御免!」

 飛翔フラムを使い大きく跳躍し横の水路へと飛び込んだ。
 ちなみに後先なんて考えていない。最もカッコイイ去り方をチョイスした。
 
 いやあ、今日もあんなひどい事をしなくちゃいけないなんて、心が痛んだ痛んだ。
 でもこれもステルクさんの為なんだぜ、でなきゃやりたくもないぜ。こんな事だぜ。



















「まったく、紛らわしい真似をする!」
「謝罪と賠償を求める!」

 宿の自室で目覚めた俺は街に繰り出しステルクさんを見つけ出して食堂へと引っ張っていった。

「……食費程度なら私が受け持とう」
「ハッハッハ、まああのくらいなら水に流そう。俺とステルクさんの仲だ」

 笑顔でご飯を口に運んだ。ついでにイクセルさんに追加で注文した。
 良い人と知り合いで僕はとてもうれしいです。

「それにしてもステルクさんは何をあんなに焦ってたんですって話ですよ」
「そ、それに関しては黙秘させてもらう……」

 ステルクさんが言葉を濁すなんて珍しい、これはなんともまあ。

「……怪しい」

 半目でステルクさんを睨みつけると気まずそうに目をそらされた。
 ますますもって怪しい。

「…………」

 頭の中でステルクさんを追い詰めるロジックを構築していくとしよう。
 これでも高二の授業課程は終わらせた身、基本的な論理展開くらいお手の物だ。

 ステルクさんが焦る相手と言ったら、元国王のジオさんだ。
 そしてステルクさんは怪盗姿の俺に焦った。
 方程式風に言うと、y=A,y=BつまりA=B。
 よって怪盗=ジオさん、この公式が成り立つ。だがこれだけじゃ弱いだろう。 

 さらに俺は怪盗のマントをどこかで見た覚えがある。
 あれはそう、確かフラウシュトラウトに立ち向かうトトリちゃんの船にどうやって乗り込もうかと考えていた時だ。
 ヒーローショーにさっそうと現れた怪盗、あれの名は確か……マスク・ド・G。
 おそらく見た目だけ似せたものだろうが、これでまた一つの公式が成り立つ。

 怪盗=マスク・ド・G=ジオさん=国の恥。

「ステルクさん、実は俺って頭は悪くないんですよ。バカと思ってるかもしれませんが、学はあるんです」

 ありもしないメガネを上げる動作を取る。

「何が言いたいのかね?」
「……ところで、最近マスク・ド、おっと……ジオさんの方はどうですか?」

 いやらしく口を曲げ、とぼけた様に彼方を見ながらそう言った。
 他意はないんだよね、他意は。
 だと言うのに、ステルクさんは難しい顔しちゃって……。

「はあ、まさか君にこうも容易く見透かされるとはな」
「まあ正直こんな事わかっても何も面白くはないんですけどね」

 街の人に言いふらすとか、そんな無粋な事をする人間じゃないと自負しています。

「それにしてもあんなに焦らなくてもいいじゃないですか」
「いや、実はこの周辺に目撃情報があってな」

 十中八九、鳩による報告だと思うが、まあそこは追及しないでおこう。
 それにしてもジオさんがこの辺にいるにしては……。

「なんか意外とのんびりしてますね?」
「どうもうまく逃げ回られてな。流石に警戒されているようだ」

 深い溜息と共に目を閉じるステルクさん。
 まあ、そりゃ堂々と街中を闊歩するほどジオさんも堂々とは……してそうな人種ではある。

 遊び心満載で、お約束を守ってくれそうな人間を引きずりだす方法か。
 俺は指を一本突き立てた。

「私に良い考えがある」
「断る」

 …………あれ?

「え、えーと、あれ?」
「どうせ君の事だ。碌でもない事をしでかすのだろう」
「い、いや。基本は人のためになる事をするんですけど……」

 こう、偽のマスク・ド・Gになって本物を引きずりだすって言うお約束の展開をしようと思っただけなのに……。

「君は問題を起こしすぎている、少しは自重したまえ」
「…………百%引きずりだせるって言ったらどうなんですか?」
「考えないでもないが、これは私の問題だ。君が関与する必要はない」

 取り付く島もないとはこの事だ。
 ちょっとこの間の悪いアカネ事件で迷惑かけたから償おうとしたらこれだよ。
 恥ずかしくて言葉に出せないこの想い、気づいてくれれば俺は今胸の中にくすぶるこの考えを形にはしていなかったでしょう。

「……それじゃあ俺も個人的に活動させていただきます!」
「む、待ちたまえ!」

 制止の声を振り切って、俺はマスク・ド・Gではなくブラックマンとなるのでした。
 











 なんて健気なブラックマン、さあその姿をそろそろ見せる頃合いだろうマスク・ド・G、俺が直々に天中を下してやろう。

「フフッ、クックックッ、クシュン!」
「凄いクシャミですね……」

 呆れで驚き交じりのトトリちゃんからタオルをもらった俺はまだ濡れている髪を拭いた。
 あれから俺はジャージに着替えて濡れままアトリエへと戻ってきたのであった。

「ぷにに?」
「春の訪れが待ち遠しくてな。ついつい川に飛び込んじまった」
「まったく、相変わらずバカね」

 ソファに座っているミミちゃんが嘲笑うような口調で言ってきたが、 当の本人である俺は内心笑っていた。というのもなんか自分がヒーローっぽいとか思ってるからだ。
 周りに正体を気づかれず、一人男は正義を目指す……凄くカッコイイ。

「そう言えばまた出たらしいですよ。ブラックマンさん」

 トトリちゃん、礼儀正しいのは良いんだけどそれだと怪盗ブラックマンサンみたいだぜ?

「らしいわね、まだ正体も分かってないとか」
「そうなんだよね、わたしも一回見たんだけど……」

 タオルを拭く手をピタリと止め、耳を傾けた。

「全然見覚えなかったかな。恰好が派手だったからかもしれないけど……」
「セーフ……」
「ぷにぷに」

 もしトトリちゃんにばれようものなら最近減衰中の好感度がさらに落ちてしまう。
 もちろんあの場にいたぷには正体を知っている、その他二名は口止め済みだ。
 ジャージからタキシードにこれだけで意外と俺だって識別されないのを俺は知っている。
 
 それというのも、ついこの間の話だ。
 正義活動後アトリエで着替えていて、後はタキシードを脱ぐだけって時に突然ミミちゃんが入ってきたのだ。
 そしてその時の台詞が『誰よあんた――って何変な格好してるのよ』だ。
 
 長年の刷り込みを生かした意外な迷彩方法です。

「でも、ちょっと怖いよね」
「そうかしら? 皆結構面白がってるみたいだけど」
「それにビジュアル的にカッコイイよな!」
「ぷに…………」

 ここぞとばかりに会話に割って入る。
 ぷにが自演乙とでも言いたげな白い目で見てきた。いいじゃないか別に悪いことしてるわけじゃないんだし。

「そうですか? カッコイイって言うよりも……スゴイ?」
「そうね、まったく紳士らしさがないのに怪盗を自称してあの格好だものね」
「ぐぬぬ……」

 それはまあ仕方がない事だ。
 マスク・ド・Gは紳士的かつスマートに事件を解決するならば、ブラックマンは圧倒的な力でねじ伏せるタイプだからな。
 最終的にはどっちの正義が上かみたいな王道展開に持ち込んで、カモンステルクさんな具合だ。

「でも、ビジュアルだけに焦点当てたら良い感じじゃないか?」
「何? あんたあんなのが良いの? どう控えめに見ても三流のピエロじゃない」
「あはは……でも、なんでタキシードなんだろうっては思っちゃうかな」
「トトリちゃんまで……」

 タキシードの恰好よさを知らないなんて、なんて時代だ。
 サーベルとガンでガン×サーベルみたいなツッコミがないなんて。

「それに引き換えマスク・ド・Gって人は結構皆の憧れらしいわね」
「うん、わたしも一回で良いから見てみたいなあ」

 トトリちゃんが夢見る乙女の様な顔でそんな言葉を口にした。
 ブラックマンの性質上、怖がられたりするのは仕方がない、だがちょっとばかし許せませんなあマスク・ド・Gさん。
 こんないたいけな子の憧れになっちゃなんて……。

 俺だってなれるなら超王道正義の味方をやりたいって言うのにさあ。あんたが先にその場を取っちゃってるから――。

「ぷに?」
「許せねえ――マスク・ド・Gッ!」

 気づけば俺は怪盗の姿となり、屋根の上を駆け抜けていた。

「マスク・ド・G! お前が出てこないなら俺はこの街を破壊しつくしてやらあ!」

 噴水広場に降り立った俺はフラムを片手に街中に響かせようと言うくらい大きな声で叫んだ。
 逃げもせずにどちらかと言うとギャラリーが集まり始めた。どうしてこんなにこの街の人はたくましいんだよ。
 噴水広場を人が囲い始めたその時、その空間に大きな笑い声が響いた。

「ハッハッハッハッハッハッハッハ!」
「何者だ!?」

 俺が前方の一際大きい建物の屋根を見上げると、視界に影が下りた。

「災いある場所に正義あり。人々が平和を求める限り、私もまたそこに現れる……。街の平和を乱す者を見過ごすわけにはいかぬ。私の通った後に、憂いなど存在しない」

 太陽を背に颯爽と登場したその男の名は……。

「彼方よりの使者……マスク・ド・G!」

 突如歓声が広場を支配した。
 マントをはためかせて目の前に飛び降りたマスク・ド・Gを見つめ、俺は口元を歪めた。

「クックック、ついに現れたなマスク・ド・G。貴様を倒して俺が真の正義となってやる」
「ふっ、まさか私の紛い物が現れるとはな」
「紛い物がどちらか知るが良い、貴様の姿を白日のもとに晒すとしようではないか」

 いつもの様に左手のサーベルでツバを上げ、マスク・ド・Gへと突き立てた。
 あと数歩詰めれば十分に斬りかかれる距離ではある。

「正義の名を騙り暴力で街を支配する、そのような行いは決して許されるものではない」
「強大な力こそが人を支配する力となりえるのだ!」
「ならば証明してみせるがいい!」

 マスク・ド・Gが剣を抜くと同時に、俺は全力で地面を蹴り渾身の突きを放った。

「甘い!」
「ちっ!」

 所詮は格好よさを追求しただけの左手サーベル、切り上げにより左腕を大きく後ろに吹き飛ばされてしまった。

「これで終わりだ!」

 ガードのあいた左脇へと奴の剣が水平に迫ってきた。
 このままいったら俺の敗北だが……。

 昔は見えなかったこの剣戟、いまなら多少は目視できる!

「ふっ――――っ!」

 左足を強く蹴り、体を逸らしながら後ろに下がったが、胸部を多少切り裂かれてしまった。
 そして気づけば、首元に剣を突きつけられ、俺は顎を下げる事が出来なかった。

「分かっただろう、貴様の語る正義など所詮はより大きな力に押しつぶされるのが定めだ」
「だとしても、これが俺の道だ!!」
「貴様とて正義を目指す者であろう。まだ遅くはない、本当の正義の味方を目指さないか?」

 そう言って、マスク・ド・Gはサーベルを降ろした。
 既に周りは静まり返り、俺たちの様子を固唾をのんで見守っているようだ。

「ふっ、答えはノーだ」
「何っ?」

 俺はたたらを踏みながら鼻で奴を笑った。
 同時に懐からフラムを取り出し、大きく足元目がけて振りかぶる。

「いいか! 忘れるなよ、悪がある限り俺はいつどこにでも現れる! 次が貴様の最後だマスク・ド・G!」

 地面に衝突した瞬間、フラムからは煙が噴出した。

「ハーーハッハッハッハッ!」

 マスク・ド・Gとブラックマン、この二人の闘いは遂に幕を開けた。
 これはほんの序章、いずれまた彼ら相見えたときそれは闘いの終わりとなるだろうか。

                                FIN




















 明日、サンライズ食堂にて。

「……とまあ、こんな具合でした」
「なるほど、マスク・ド・Gを引きずりだした所までは礼を言おう」
「へへっ」

 照れて鼻の頭を擦る。まあ、なかなかに良い働きができたとは自負している。

「だが、最後の煙幕あれでまんまと奴にも逃げられてしまったわけだが……?」
「ステルクさんが来るのが遅いです」

 必死に言葉を選びながらなんとか会話を長引かせていたと言うのに、この方は一向に来ないんだから。

「それはまあ、良いです。結局大して持たせられなかったとは思いますし。それで今日俺を呼びだしたのはどういう用件ですか」

 朝になるなり、たたき起こされてここまで連れてこられたのだ。それ相応の用事なのだろう。

「方法はどうあれ、私個人としては君が行動を起こしてくれた事に感謝しよう」
「…………私個人?」

 ステルクさんの感謝の言葉よりもそっちの方に注意が言ってしまう。
 なんかどことなく含みを持たせているような感じがして気になる。

「ああ、私個人としては……だ」

 刹那、扉のベルが鳴り、入ってきたのはいつもの方、俺を裁く事を主に担当としてらっしゃる方だ。

「ギルティ?」

 張り付いた笑顔が何よりも御弁に語っていた。




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