あれからしばらくして、俺は帰ると言う第一目標が何も進展しないまま四月へと入ってしまった。

「…………ふう」

 俺は読んでいる本を閉じて、釜を混ぜているトトリちゃんの下へと歩み寄った。
 そして、右肩に手を置き一言告げた。

「トトリちゃん、南に行こう」
「はい?」

 素っ頓狂な声を上げてこちらを振り返るトトリちゃん。

「たぶんアトリエに籠っていてもこれ以上ストーリ進行はしないんだと思う」
「え、えーと……」
「数週間何もなかった。つまりこれ以上ここでやる事はないってことだ」

 これ以上のイベントを起こすにはフラグが足りない。

「なんでも南の島には神聖な感じのする大木があるとかいう話だ」
「は、はあ……?」
「そこに行けばRPGの王道から言って大精霊とかが降臨して俺の帰るヒントを与えてくれるはずだ」

 四つのエレメントとか仲間を連れて来てくださいとか、そして精霊の力を借りて俺は帰る。
 よし、完璧だ。完璧すぎる考えだ。

「あの、アカネさん? ちょっと冷静になった方が良いような……」
「ふふん、俺が四日四晩寝ず調べ物をして考えたんだぜ? これ以上の考えはそうそうないさ」
「え? でもアカネさんが最近読んでたのって確か」

 ちらりとテーブルの方に視線が向く、そこにあるのは俺がずっと読みこんだ本『最後の竜の戦士の伝説』実に面白かった。

「……決して小説の内容に影響された訳じゃない」

 やましいところは何もないが、自然と視線をそらしてしまった。

「ふふっ、アカネさんってやっぱり子供っぽいですね」

 無邪気な笑顔でそんな事を言われた。
 久しぶりに毒を吐かれた気がする。死にたい。

「くっ、いいじゃないか小説に影響されて大冒険に出たくなったって!」

 七つのオーブとか、封印された神殿とか、幻獣とかそんな物に心を奪われるだろ。小説とか読んだ後って。

「でもアカネさん小説は小説ですよ」
「この世界で言われちゃいけない言葉だと思う」
「……?」

 とぼけた顔をしおってこの子は、闘おうと思えば竜とかと戦える世界だぜここ。
 だったら大魔王とかいてもいいじゃないか。
 ……いや、エビルフェイスさんがある意味そうだったのか?

「とにかく! 南の島に行こう、何かしらヒントはあるかもしれないし」
「そうですね、わたしも行ってみたかったですから良いですよ」

 グッド。これで世界中の大精霊に会う事が出来る。
 ふふっ、勇者アカネよとか言われちゃったりしてな。

「ククッ、それじゃあ俺はぷに連れて先に行ってるぜ」
「はい、わたしもお仕事終わったらすぐに行きますね」

 と言う訳で、俺は一足先にトラベルゲートでアランヤ村へと飛んだ。









「…………あ」
「ぷに?」

 ちょうど飛んだ所は村の門の前で、そこからは彼の姿が確認できた。

「ほーら見なさい。あれが技術の進化で淘汰される者の姿だ」
「ぷに〜」

 錬金術の前では馬車など何の役にも立たない。それでも彼は一心不乱に馬車を拭き続けている。
 こないだお情けで乗って上げたが、二度目はもうないぜ。

 可哀想な物を見る目で俺はペーターの横を通り過ぎようとして、気づいてしまった。

「――――なっ!?」

 輝いている。いつもの死んだ魚の様な眼じゃない。
 ペーターの目に光に、いや希望に満ちている!

「お、おい、ペーター……さん?」
「おおアカネじゃないか! 今日はいい天気だなあ!」
「あ、はい。そうっすね」

 彼がこれまでこんな良い笑顔をした事があろうか、いや、ない。
 今まで可愛い子にのみこの表現をしていたが、今のペーターになら使える。

 太陽の様な笑顔だ。

「えっと、ペーターさん何かいい事でも?」
「おいおい、さんなんてよしてくれよ。俺とお前の仲じゃないか」
「うへえ」

 思わず変な声が出てしまった。
 何これ怪しいを通り越して怖い。いつものヘタレの王としての風格をまるで感じさせない。

「ぷ、ぷに……」
「俺だって知らねえよ」

 肩に乗っているぷにと小声で会話する。
 アランヤ村を訪れるのは久しいからこいつに一体何があったのか全然わからない。

「本当に何かあったのか?」
「……ああ」

 急に真顔になるペーター。何だろう、トラベルゲートの誤動作で平行世界にでも来てしまったのか?

「まだ決まったわけじゃないんだが、俺の人生全ての力をかけてやるべきことがあるんだ」
「お、おお」

 なんでだろう、ペーターが急にイケメンに見えてきた。
 それにしてもこいつにここまで言わせるのって一体何なんだよ。

「あと二、三ヶ月もあれば下地はできるんだ。その時になったら俺に力を貸してほしい」
「……オーケーベイベー」

 何をするか全然知らないが、頭を下げられたら断れないじゃないか。
 加えてこの行為をしているのが一生をヘタレて生きるんだろうなあとか思っていたペーターだ。
 知り合い以上友人未満の仲だが、やってやろうじゃないか。

「頼りにしてるからな」
「任せるが良いさ」

 俺に出来ない事はあんまりないと自負しているからな。
 ただやっぱり気になるからメルヴィアに会いに行こう。








「お邪魔しまーす」
「ぷににー」
「いらっしゃいませー」

 ゲラルドさんの店に入るといつもの癒しの声によって向かい入れられた。
 うむ、実に三、四ヵ月ぶりくらいか。

「そしてメルヴィアはいつもの様に酒場に入り浸っているのだったと」
「何よ、なんか文句でもあるのかしら?」
「いや、わかりやすくて助かってます」

 実際ここで会えなかったらどこに行けばいいかわからないからな。
 
「それでさあ、ペーターの事なんだけど……」
「ああ、あれね。三日くらい前からずっとあんな調子よ。気味が悪いわ」

 幼馴染って良い物だと思っている時代がアカネにもありました。

「あら、生き生きしているし良い事じゃない」

 と思ったけれどやっぱり幼馴染と言うのは良い物です。
 注文もしていないのにおビール様を出してくれるこの気遣いのうまさ、なんて出来た人なんでしょう。

「それと……だ」

 軽くグラスを傾け、俺はメルヴィアに申し出た。

「南の島に行こう」
「はあ?」

 なんで同じ『はあ?』でこうも印象が違うんだろうか。
 トトリちゃんのはちょっと困った感じなんだけど、こいつのは何バカなこと言っちゃてるのって感じだ。

「世界樹の大精霊と契約しに行くんだよ。そして勇者アカネは大冒険へと旅立つ」
「なんとなく分かったわ。楽しそうだしいいわよ」

 よし、これでアマゾネスとか原住民とか出てきても安心だ。肉体言語で一撃必殺。

「なんかイラッとしたんだけど」
「気のせいだ」
「あらそう」

 何故だ。メルヴィアの目が二度目はないわよって語っている。
 表情一つでどんだけ俺の心は読まれてるんだよ。

「これで三人パーティーかあと一人いないとな」

 アカネこと俺は職業勇者だ。
 トトリちゃんはさしずめ魔法使い。
 メルヴィアは当然戦士だろう。
 となると足りないのは騎士とか盗賊だな。

 ただステルクさん入れると勇者の座が危ういから後輩君にしよう。
 性格的に俺よりも主人公っぽいかんじはするのが不安要素と言っちゃ不安要素だ。

「となると次は道具屋で必要な物を整えるか」
「あら、パメラさんの所に行くの?」
「ん、ふふっ、まあそうだな」

 思わず口がにやけてしまう。悪魔の塔以来なかなか会えなかったらからな。
 トトリちゃんの口ぶりから特に何もなかったっていうのは分かるんだが、実際に会ってはいなかったからな。

「まあ頑張りなさい」
「……ああそうだな」

 確かに、久しぶりにパメラパワーを受けたら最悪死ぬからな。気合いを入れなくてはな。






 歩いて数分、パメラ屋の前まで来た。

「来たな」
「……ぷに」

 酒場に残りたいと言うぷにの意思を無視して連れてきた。
 一人だとどうにも心細い。

「パーメラさん、パメーラ、パ・メ・ラ、パメラさん!」
「ぷに…………」

 発声練習はオーケー、扉に手をかけよう。

「ん、んっ!」

 咳払いを一つ、声の調子は万全だ。
 これならパメラさんを前にしても上がった声は出ないだろう。

「よし! パーメラさん!」

 思いっきり扉を開き、そしてパメラさんを見た。視線を上に上げて。

「あら、いらっしゃーい。久しぶりね〜」
「ぷに!?」

 浮かんでいた。微妙に光っている気がする。フリフリの可愛い服だ。
 浮かんでいる、光っている、古めかしい格好、イコール幽霊。
 加えてトトリちゃんの色々濁した言葉。

「――――あ」
「あ?」

 悪霊退参! そういつもの勢いで口走りそうになったのを下を噛んで制止した。
 抑えるんだ俺。もしここでそんなことを口走ってみろ。嫌われるぞ!

「ねえねえ、あ、の後は〜?」

 瞬間的に、俺の思考は超回転した。一秒を切り刻み時を止めたような感覚がある。
 そうだ。幽霊とはいってもパメラさんじゃないか。それに幽霊系統のモンスターは平気なんだ。冷静になれ。
 
 それによく見てみろ。相も変わらず流れるウェーブのかかった髪。ゴスロリっぽい衣装も実に素敵じゃないか、主に胸元とかそのあたり。

 正義だ。可愛いは正義。これは俺がこの世界で学んだ絶対原則の一つじゃないか。
 そうだ。大丈夫だ。この先に続く言葉を俺はうまく言える。幽霊なんて怖くない!

「悪霊退参!」
「へ?」
「ぷに〜」

 ダメでした(笑)

「ひ、酷いわ〜。わたし悪霊なんかじゃないのに〜」
「あ、いや、これは……」

 口を固く結んで眉を吊り上げて怒っている、そんな表情も素敵なんですが、浮かんだまま俺に近寄ってくるのはやめていただきたい。

「ロロナもそうだったけど、どうして幽霊を怖がるのよ〜」
「いや、幼い頃の刷り込みが原因と言いますか、そのさようならー」
「あ、ちょっと〜」

 制止の声を聞きもせずに俺は宿屋へと走り去った。



 そして部屋に入って、パメラさんが幽霊だということに二時間泣き続け寝た。そして一晩経ってまた泣いた。
 幽霊と言うだけで拒否症状を起こすこの身がとても憎かった。

 これから俺は何を希望に生きたらいいんだろう。



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