十二月も頭、今年も終わろうかと言うある日、俺は師匠のアトリエで窓から外を見ながら呟いた。

「ドラゴンボム、相手は死ぬ」
「やめて」

 振り返ると師匠が割と真面目な顔をして俺を見つめいていた。
 前に新しい爆弾作る時は自分に言ってからにしてと約束したから言ってみたというのに、門前払いとは。

「……うう」

 悲しみのあまりアカネ君は俯いて呻き声を上げてしまったではないか。

「むう、アカネ君はわたしがそれで騙されると思ってるんだ」
「…………」

 顔を上げると師匠が頬を膨らませていた。
 泣き落とし作戦は失敗だ。プランBに移行しよう。

「新しい発想を頭ごなしに否定する、俺の師匠はそんな人だったんですか?」
「あ、あう、で、でもでも!」

 冷たい目を向けると途端に慌てだす師匠。
 ふふん、でも、の後は何かな?

「師匠、俺はさあ……師匠を頼りにしてるんだよ」

 ポンと、両手を師匠の肩に置いて、真面目っぽい声のトーンでそう囁いた。

「た、頼りに……!」
「そうそう」

 師匠は本当に頼りにしてるって言葉に弱いなあ。

「……じー」
「……?」

 何やら師匠が俺の顔をじっと見上げている、何ですか?」

「アカネ君、何で笑ってるの?」
「うぇ!?」

 反射的に口元に手をあてるが、いつも通りの引きしまった凛々しい口元だった。

「やっぱり嘘なんだ! アカネ君酷い!」
「ぐっ……ま、まさか師匠に謀られるとは」

 表情とかでも見抜けなかった……まさかこの俺が師匠に、あの出会いからこれまで終始あっぱらぱーだった師匠に!
 師匠に! ……師匠に………………師匠に?

「くっ、一体何デリアさんが師匠に変な事を吹きこんだんだ」

 全く分からねえぜ。

「あ、アカ、アカネ君! わたしに見抜かれたからってそんあっにゃ! ……うう、舌噛んじゃった」
「師匠」

 そんな平常運転な師匠を見て、俺はとても安心しました。
 しかし対照的に師匠は涙目になって俺の事を睨みつけていた。
 睨みつけているはず、たぶん、可愛いけどたぶん睨んでる。

「もう! アカネ君は真面目にお仕事するの!」
「えー、でも爆弾が」

 ぐいぐいと背中を押して俺をアトリエの外に追いやろうとする師匠。
 踏ん張ると余計に怒りそうなのでなすがままにされる。

「ダメ! もう! アカネ君のバカー!!」

 素早く扉を開けると、師匠は俺の事をアトリエの外に押し出した。
 そして大きな音を立てて扉が閉められた。

「……新しいパターンだな」

 いつも逃げるばかりの師匠が、追い出すを選択するなんてな。
 仕方ないからギルドに向かうとしよう。







 今日の突撃クーデリアさんのコーナー。

「はお休みなので、突撃フィリーちゃん!」
「うえぇ!?」

 お昼休みのようで、クーデリアさんはいらっしゃらない。
 仕方ないのでフィリーちゃんに付き合ってもらおう。

「今日のお題はフィリーちゃんを真人間に戻すにはどうすればいいか」
「な、なんなんですか! そ、それにそこはかとなく酷い事を言われているような……」

 早速涙目になりだすフィリーちゃん、クーデリアさんと違って罪悪感を刺激される。
 長くは持たないかもしれないな。

「フィリーちゃんを真人間にするにはどうすればいいか!」
「……何で二回言ったんですか?」
「……フィリーちゃんを…………真人間……」

 思わず頭を抱えてカウンターに肘をついてしまった。

「え、その、わたしは一体どうしたら……」
「ああぁん!?」
「ひゃっ!?」

 カウンターを叩き、顔を上げ、そして言い放った。

「どうしたらって、フィリーちゃん。君は受付で俺は冒険者だ。早く依頼を見せてくれよ」

 やれやれだぜと言った様子で、大きくため息をついてみせる。
 とりあえずさっきの数十秒は消し飛ばしておこう、互いのためにも。

「な、なんか納得がいかないんですけど」
「気にしないでくれ」

 依頼の一覧をもらいながら俺は自然な笑顔でそう言った。
 一切の事を忘れ、依頼の紙束をパラパラと捲っていく。

「む、今回は薬系の依頼が多いな」

 いつもは爆弾ばっかだというのに、まあ偶には気分を変えて俺の薬作成スキルを……。

「あ、すみませんアカネさん。こっちでした」
「うん?」

 そしてまた一束の依頼書を手渡され、交換する形に別のモノが俺の手の中に。
 ペラペラと捲っていくと。

「…………」

 フラムやらなんやら、爆弾ばかりだった。
 何かしらの作為を感じる。

「フィリーちゃん?」

 疑念を込めた目線を送ると、案の定フィリーちゃんは気まずそうに目を逸らした。

「えっと、その、アカネさんは……爆弾の方が評判が良いと言いますか、その……」
「もう、良い、分かった」

 つまりは、だ。
 一言で、単刀直入に言うと、だ。

「てめえの薬は使えたもんじゃないと」
「えっと、ぶ、部分的には」

 なんですか部分的にはって。

「…………」

 思わず天を見上げた。
 なるほど、俺は今まで見えない権力に踊らされていたという訳か。
 そうだよなあ、俺って基本的に爆弾魔だもんなあ……。



 俺はギルドを飛び出した。



 ちっくしょー!
 俺はそう心の中で叫びながらアトリエに跳び込んだ。

「わっ!? アカネ君?」
「くっそー!」

 コンテナの中身を引きずりだして、昔採った竜のうろこを釜に投げ入れ。
 フラムを入れ、火薬と中和剤を入れ、思いっきりかき混ぜた。

「バカにしやがってー! だったら爆弾ですごいとこ見せてやんよ!」
「ちょ、ちょっと! あ、アカネ君! や、やめてー!」

 後ろから師匠が抑えてくるが、俺は無視して右腕を動かし続けた。

「止めないでくれ師匠! 俺にはこれしかないんだ!」
「し、しーらない!」

 次いで、ドアのしまる音が聞こえた。逃げたか。

「ふふっ、まあいいさ」

 ほら、だんだんと釜の中が七色に輝いてきた。

「ほうら出てこい! ドラゴンボム!」

 広げた両腕一杯に、偉大なる生命の生まれと言うか、全ての始まり。
 つまり分かりやすく言えば爆発が広がった。



…………
……



 その日の夜、宿屋で俺は師匠にもらった薬を塗っていた。

「失敗の要因は、分かるな?」
「ぷに」

 ベッドの上で相棒と語らう、そして自明の理だというかのように頷いている。

「ああ、つまり……」
「ぷにに」
「材料が悪かったな」
「ぷに!?」

 何やら驚くぷに、心の不一致があったようだ。

「俺ほどの、そうレシピが裸足で逃げ出すほどの、このアカネが、たかが適当に材料ぶち込んだくらいで爆発するか?」
「ぷに」

 肯定は求めていないぜ。

「否! 全てはしょぼくれた材料のせいだ!」
「ぷ、ぷに〜?」
「あんな数年前に倒した薄暗い洞窟のカビ臭いドラゴンの鱗風情じゃあなあ」
「ぷ、ぷにに」

 おや、少し口が悪すぎましたか。

「とにかく、材料が悪い事にしたい!」
「ぷに?」
「そう、したい」

 心の奥では分かってはいるんだ。
 でも認めちゃうと貴重な材料を勢いで無駄にした男になっちゃうしさ。

「と言う訳で、より良い材料を採るために北まで遠征に行きます」
「ぷに?」
「北には強いドラゴンがいるらしい」

 以前俺が悪に堕ちていた時にいた場所付近、あのあたりに黒いドラゴンがいるらしい。
 亜種の材料は貴重なのが世の常だというゲーム脳にも基づいている。

「だが、俺たち二人じゃあ無理だ」
「ぷに」

 二人で無理なら、三人、四人、五人。
 それでも無理ならもっとたくさんでタコ殴ろう。










 そして翌日、作りなおしたトラベルゲートを使ってアランヤ村まで来た。
 物理的に静かな空気がただよっているバーにいる魔人をスカウトしに来た訳だ。

「お邪魔しまーす」
「いらっしゃいませー!」

 出迎えてくれるのはツェツィさんの透き通った声。
 そして目の前にあるのはいつも通りの……。

 ワイワイ
 ガヤガヤ

 そんな二つの擬音が頭をよぎった。
 思わず一歩下がって扉を閉めてしまった。

「……ふう」
「ぷに……?」
「ああ、おそらくは幻覚だろう」

 まさかカウンターが満席どころか、テーブル全てが埋まっているなんてことはあり得ない。
 トトリちゃんにお酒を作ってもらってたような店が、まさかなあ。

「ないない」
「ぷににににに」

 俺たちは笑いあいながらもう一度店の扉に手をかけようとしたところで。

「邪魔だよ!」
「…………!?」
「ぷ!?」

 後ろから割り込んで入っていく男性、待て待て、店間違ってないか?

「ゴクリっ」
「ぷに」

 頭がどうにかなりそうな状態だが、真実を確かめんと俺たちは覚悟を決めて扉をもう一度開いた。

「いやいや」
「ぷにに」

 そして現実にパンクした俺たちは、いつものようにメルヴィアのいるテーブルに歩いて行った。
 結界でも張っているのか、そこだけ空いていてくれている。

「あら、何ぼーっとしてんのよって、聞くまでもないわよね」
「うん」

 椅子に座って見回すと、楽しそうに酒を飲みかわす中年の男性やら、涙を流しながら感動したようにグラスを傾ける老人がいたり。

「ついにトトリちゃんまで雇ったり?」
「あんたの中のトトリは一体何なのよ」

 呆れたような視線を俺に送るメルヴィア。
 もしもヘルモルト姉妹が店員やってる店があったら俺は毎日のように通う自信があるがな。

「その秘密は、これだ」
「にゃ?」

 後ろから差し出されるガラス製のジョッキ。
 中にはタコの足が一杯に詰まっていた。
 ゲラルドさんの笑顔にこれほど腹が立ったのは初めてだ。

「これを飲めと?」
「ああ、グイッといけグイっと!」
「ええ……」

 両手でグラスを持って中を見つめてしまう。
 鼻には妙な生臭さが突き刺さる。
 飲みたくはないが、コレがこの寂れたバーを復活させた要因だというのなら。

「ええい、ままよ!」

 顔上げ、グラス傾け、口に含んだ酒がどんどん食堂に流れていく。
 喉越しがぬるっとしていて、生臭くて……。

「うまいっ!?」
「そうだろう! そうだろう!」

 バンバンと背中を叩かれる。
 なんだこの詐欺は、おつまみなしでいくらでも飲めそうだ。

「ぷにぷに!」

 俺の反応にぷにがいきり立った。

「まあ、待ってろ。量ならいくらでもあるからな」
「ところで、コレは何の酒で?」

 タコだけど、タコのはずなんだけども。
 それでこんなにうまかったら、それこそ詐欺だ。

「いやあ、トトリの獲ってきてくれた海のぬしが材料でな。できることなら俺だけで独占したいくらいだ」
「な、なるほど……」

 そういえばこの間ステルクさんが釣りの練習してたな。
 いや待て、それよりも俺はどこに突っ込みを入れたらいいんだ?
 ぬしなのにタコと言う点か、もうトトリちゃんだけで良いんじゃないかという点か、はたまたこのペースだと数日でなくなるんじゃないかと言う点か。

「まあいいや」

 うまい酒があって、少なくとも今日は飲み放題だ。
 今後のこのお店の運営方針には口出ししないでおこう。

「はい、三人ともあんまり飲みすぎないようにね」

 少し待つと、ツェツィさんがおかわりを運んで来てくれた。
 大二つにぷに一つ。

「なあメルヴィア、ゲラルドさんに教えてあげなくていいのか?」
「いいんじゃない? 本人は幸せそうだし」

 カウンターに戻ったゲラルドさんを横目で見ると、感動からか少し涙ぐんでいた。
 数日で天から地に落ちてしまう現実は見せないであげた方が良いか。

「ぷにに〜」
「うむ、新感覚だな」

 ゴクリゴクリと喉越しを楽しむ、マズイな、このままだと何をしに来たか忘れてしまうやもしれん。

「それにしてもトトリも良く獲って来たわよねえ」
「全くだな。それにしても何でメルヴィアじゃなくてステルクさんなのか」

 馬力で言ったら明らかに目の前の方の方が上だ。
 俺のそんな考えを察知したのか、メルヴィアは口を尖らせた。

「あたしだって女の子よ、大きな魚が怖かったりするわよ」

 嘘だ。そう思ったが口に出さない方が相手を惨めな気分に出来そうなので言わない。

「実際はタコだったわけだが」
「そうねえ、相当に大きかったらしいわよ。二人とも足に捕まったとか」
「はあ、トトリちゃんと――――ああっ!?」
「ちょ、何よいきなり大声出して」
「いや、だってお前!」

 待て待て、俺が穢れている可能性がある。
 二人は単純にでかいタコの足に絡まれただけだろう。
 ぬるぬるとしたタコの足に?

「……ステルクさんは誰が得するんだ?」
「ぷに?」

 思わず呟いてしまった。
 やめよう、変な想像はやめておこう。

「メルヴィア、俺って穢れてるのかな?」
「そりゃあねえ」
「だよなあ」
「ぷに〜」

 その日は三人で飲み明かしてしまった。
 助っ人については話を付けただけ良しとしよう。



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