五月の頭、アランヤ村の冴えない酒場で俺は物思いにふけっていた。

 俺はついに薬を完成させ、ココまで来た。
 この約二ヶ月、たまにふと正気に戻りかけたこともあったが、ついにだ。
 師匠に賢者の石を作らせ、薬を作り、ちむちゃんズに量産させ、装備を整え、ついに。
 直前になって騒ぎだしたぷにを縛りつけたが、ついに!
 過去には辛酸をなめたこともあった。しかし、それをバネにして、ついに……!

「ククッ、クククク。プランA、スタート……」

 笑みを抑えらぬ顔を右手で押さえたが、俺は零れ落ちる言葉を止める事は出来なかった。
 そんな時、ふと頭上から声が降りかかった。

「アカネ、お前もいい年なんだ。頭の悪い遊びはやめたらどうだ?」

 ゲラルドさんはそう言って、頭を冷やせとでも言いたいのか水を一杯テーブルに置いた。

「ゲラルドさん……遊びじゃないんですよ、コレはね」

 俺は立ち上がり、ニヒルな感じに笑いながら外へと向かった。
 さあ、まずは誰から行くべきか……まあこの村を萌えのどん底に叩き落とすのは変わらねえがな。

「クククッ、ハーッハッハッハ!!」
「うっさいわね」

 店を出る寸前、鼻っ面を平手で叩かれた。
 俺は思わずかがみ込んだ。悪役ごっこが終わりを告げた。

 良いさ、だって俺は正義ですもの。

「何? また何か頭の悪い遊びでもしてたの?」

 うずくまったまま泣きそうになった。
 何で二人中二人が同じ事言うんですか。

「…………じー」

 痛そうに顔をおさえつつ、俺はメルヴィアの顔をロックオンした。

 ルックス:GOOD
 性格:BAD

 俺は立ち上がり、真っすぐとメルヴィアの目を見て、問いかけた。

「……どっちだ?」
「はあ?」

 メルヴィアは心底訳が分からないという風な声を出したが、俺は止まらない。

「俺はさあ、可愛い子が好きなんだよ」
「あらやだ、告白?」

 顔を少しも赤らめずにそんな事を言うのはどうかと思う。
 羞恥心諸々に欠けている。
 片手を口に当てて、あらあらと言うメルヴィアを俺は言葉をつづけた。

「だけどさあ、ある程度性格も伴ってないとダメだと思うんだ」
「あらやだ、喧嘩売ってる?」

 口にあった手が拳に変わっていた。短気すぎます。

「待て待て、つまり、性格の悪さを補うほどにルックスが良ければいいんだよ」
「…………」

 マズイ、マジで殴る一歩手前みたいな目つきになってる。
 拳もじりじりと後ろに引かれていってるし。

 早く決めなくては、メルヴィアのネコミミモードを信じて薬を使うか否かを!
 素材は決して悪くはないんだ。
 もしかしたら俺の心を奪うほどの美少女が爆誕するかもしれない。

 ええい、なるようになれ!

「とうっ!」

 俺は袖口に隠してあった黒い丸薬を取り出し、目の前のメルヴィアの眼前で思いっきり潰した。
 すると、中から大量の粉末が飛び出し……。

「な、何っ? ッゴホッゴホッ!」

 俺はすぐさま左手で口と鼻を覆った。
 丸薬と見せかけて実は吸引性としても使えるすぐれモノ。

 ……せき込んでるメルヴィアを見ると、自分がとてつもない悪党に思えてきた。

「ふ、不意打ちなんてやってくれるじゃないの……」

 息を普通に吸えるようになったメルヴィアは俺をとてつもない形相で睨みつけてきた。
 しかし、その頭の上には――。

「か、可愛い!?」
「は?」

 ぴょこんと飛び出た、髪の色と同じ淡く紫がかったネコミミが。
 全体的にみると露出も相まって少しワイルドにも見えるが、整った顔立ちにより一気に可愛いにベクトルが傾いてしまう。

 メルヴィアが可愛い、これは、そうだ。まさに。

「奇跡だ――!」
「ちょ、ちょっと何いきなり泣いてんのよ。あたしが悪いことした見たいじゃないの」

 そうは言われても零れ落ちるこの熱い液体は止まらない。
 とてつもない感動だ。

 例えるなら、コロンブスがアメリカ大陸を発見した時。
 人類が月に初めて到達した時。


 そうだ、今人類は、俺は、新天地へと到達したんだ。


 頭の中にベートベンの第九、歓喜の歌が流れる。
 その背景に移るのは、大海原を走る船、月をバックにした宇宙飛行士。
 そして、ネコミミのついたメルヴィア。
 涙が、どんどんと込み上げてくる。

「ありがとう」
「え、あの、本当に何? 怒るわよ?」
「感動をありがとう」

 そう言いながら俺はカメラのシャッターを切った。
 動揺しているメルヴィアはまるで無抵抗だ。
 怒ると言いながらも、困って少し畳まれた耳が実に可愛いじゃないか。

「こうして見るとメルヴィアの瞳って結構綺麗だよな」

 うんうんと、俺は非常に感慨深く頷いた。
 猫耳にエメラルドグリーンの瞳は良く似合う。

「ちょ、ちょっとあんたあたしになんかしたんじゃないでしょうね!?」
「…………ああ!」

 俺は堂々と頷いた。
 どうせバレるんだ。なら男らしくしてやるぜ!

「く、い、一体何を……」

 メルヴィアが手で触って、体中を確かめているところ。
 坂の方からツェツィさんがやって来た。どうやらご出勤の様だ。
 そしてツェツィさんに気付いたメルヴィアは彼女の下に向かい、そして。

「ツェツィ、あたし――」
「や、やだ! メルヴィ可愛い!!」

 言葉を発する間もなく、ツェツィさんの大音量の声が響き渡った。
 ツェツィさんから見ても可愛いようだ。良かったなメルヴィア。

「はー、どうしたのその可愛いの?」

 恍惚とした表情のツェツィさんが指差す頭に、メルヴィアは手を伸ばしながら答えた。

「あのバカの仕業よ」
「へー、アカネくーん!」

 そこでツェツィさんは大きな声を張り上げ、右手を大きく上げた。
 その手の形が語る言葉は、グッジョブ。

「ギャ!? な、何よコレ!?」
「ミミよ、ミミ。猫かしら?」
「し、知らないわよ! ちょ、鏡! 鏡!」
「はいよ」

 俺は鏡の代わりに、現像された写真を渡した。
 すると、メルヴィアは目を大きく見開き、写真を握りつぶすと。

「ギャーー!? 死にたい! 死ぬ! 死ね! 死ね!」

 顔を真っ赤にして俺の襟元を掴みガックンガっクンと揺さぶってきた。
 すごい、あのメルヴィアが顔を真っ赤にした挙句にちょっと涙目になっている。

「激写!」
「ふぎゃー!?」

 その顔を瞬時に撮影すると同時に地面に投げ飛ばされた。
 こ、この写真は永久保存決定だな。

「あ、あんたって奴は! 忘れなさい! 忘れろ!」

 倒れた俺の腹を容赦なく蹴るメルヴィア。
 へへっ、そいつは無理ってもんでさあ。
 俺はサッカーボールの様に蹴られながらも声を張り上げた。

「メルヴィア!」
「な、何よ?」

 一向に弱らない俺に怯んだのか、一瞬だけ蹴りが止まった。
 それと同時に、俺は大きく息を吸い込み叫んだ。

「可愛い!」
「はっ!?」

 寝ころんだまま背を向けているため表情は分からないが、おそらく赤くなっているのだろう。
 だがそれまでだ。
 正気に戻ればすぐにサッカーが再開される。今のこの状態は言うなればハーフタイムにすぎない。
 だから俺は、ここで全力を出しつくす!

「メルヴィア可愛い! 可愛い! 超可愛い!」
「――――っ!」

 声を押し殺しても分かるぜ、お前が今この言われないれない言葉に酷く動揺している事がな。
 だが、今の言葉で俺は息を使い果たした。
 息継ぎの間もなく、お前は正気に戻ってしまうのだろうな……。

「メルヴィ可愛い!」
「なっ!?」

 俺がボールに戻ろうとしたその瞬間、思わぬ援護が入った。
 ツェツィさん、我が同胞よ!

 俺はすぐさま立ち上がり、ツェツィさんと俺とでメルヴィアを挟み込み、手をつないで輪を作った。

「メルヴィア可愛い!」
「可愛い!」

 顔を真っ赤にして俯くメルヴィアを中心にして可愛いの雨を浴びせながら、クルクルと周りを回った。

「涙目可愛い!」
「可愛い!」
「くっ、くうう……」

 ついにはメルヴィアはしゃがみこんで、両腕でネコミミを押さえてしまった。
 俺はすかさず回転をやめ、顔を覗き込んだ。
 褐色の肌が真っ赤になってしまい、瞳を潤ませるその姿は、弱々しい乙女の様だった。


 これがギャップ萌え――!


「ネコミミ押さえるメルヴィア可愛い!」
「可愛い!」

ヤンヤヤンヤとはしゃいで声をあげて、グルグルと回り続ける。

「ううう……」

 小さな呻き声をあげながら、ついには膝に顔を埋めてしまった。
 
 標的ナンバー1メルヴィア撃沈を確認しました!
 よし! 続いてセカンドフェイズに突入する!
 目標正面、照準誤差補正完了。いつでもいけます!

「……俺の頭は本当に悪いな」

 ふと、素に戻ってしまった。
 構わん構わん! とにかくツェツィさんとの手を放してっと。

「激萌のセカンドブリッド!」
「え?」

 袖に隠していた薬を取り出し、指で弾いてツェツィさんの口の中へとシュートした。
 潰した方が楽だけど、ツェツィさんのせき込む姿は見たくありません。

「んっ!?」

 ゴクリと、喉が動いて薬は確かに薬は飲まれた。

「も、もしかして。ア、アカネ君?」

 目と口調から違うと言ってほしい、そんな思いが伝わって来た。
 俺はそれに対して、カメラを構えることで答えた。
 心なしかいつも優しく笑顔なツェツィさんの口元が引き攣っているように見えた。

「か、帰らせてもらいます!」

 早口でそう言って、体を反転させて、さあ走りだそうとしたところで。

「させないわよ!」

 死に体となったはずのメルヴィアがかかんだままツェツィさんの足首を掴んでいた。
 その背中を見て、俺は問わずにはいられなかった。

「なあ、メルヴィア。お前に取って友情って何だ?」
「儚いモノよ」

 言い切ったよ、この女。
 そしてそんな文字通りに足を引っ張られているツェツィさんの頭には、焦げ茶色の犬耳が……。

「――――」

 寸でのところで口から出そうになった、首輪ほしいなという言葉を止める事が出来た。
 危ない危ない。
 ただ、この顔真っ赤にして必死に逃げようとしているツェツィさんの姿を見ると、俺の中のさでずむが暴走しそうだ。
 赤い首輪をつけて――――いかんいかん、俺はそう言う人ではない。

「ツェツィさん、こっちに顔向けてくださーい」
「アカネ君、写真撮ったらもうご飯ご馳走してあげないわよ!」

 前に踏ん張りながら顔だけをこっちに向けて、恐ろしい事を聞かされた。
 だが、しかし、俺の中の心の天秤は不思議なほどに揺らがなかった。
 俺は冷静にツェツィさんの正面へと回り込んだ。

「一足す一は?」
「ダ、ダメよ! 怒るわよ!」

 ツェツィさんは必死に首を横に向けて、頬を赤く染めたまま目を必死に閉じた。
 その様子、それが余計に俺のS君に火を点けてしまった。

「にー!」

 カシャリカシャリと乾いたシャッター音が青空に響き渡る。

「…………」

 ふと、空を見上げた。
 今日はやけに空気が澄んでいるように感じた。
 この空の下にいると、邪念が消えてしまいそうだ。

 ……よし、前座はこのくらいにしておこう。

「は、放しなさい! 放しなさいぃ!」
「あんたにもあたしと同じ恥ずかしめにあってもらうわよぉ!」

 眼前では文字通りのキャットファイトが繰り広げられていた。
 いや、片方は犬だけど。
 折角なのでシャッターを切ってから、俺は肩で風を切りながらすぐそこの最終地点へと向かった。



…………
……



 来たぜパメラ屋。

 ついに目にすることができるのか、ネコミミパメラさん……。

「あ、鼻血が」

 イカンイカンと俺はハンカチを取り出して拭った。
 楽園へと旅発つにはまだ早い、せめて実物を見てからだ。

「――よし、いざエデンの園へ!」

 大きく音を立てて、木の扉を押し開いた。

「あら、アカネ君じゃな〜い。いらっしゃ〜い」

 いつもの様に迎えてくれたパメラさんの体はフワフワと浮かんでいた。
 この五年の間にもまったくその美しさが損なわれる事はなくて、それは何故か?
 それは彼女が幽霊だから。
 以前の俺なら悲鳴をあげいてただろうが、今は違う。

 俺は悟ったんだ。パメラさんは幽霊じゃないって。

 ちょっと浮いているだけの変わった女性だってな。
 ちょっと天然をこじらせて浮いちゃっているだけなのさ。
 そう、そうだ、少なくとも、皆が、誰が、パメラさんが、どう言おうとも、そういうことにした!

「クックック」
「あら、もう怖がってくれないのね」

 あれ?
 余裕綽々に笑みを浮かべていたら、パメラさんが頬に手を当てて残念そうな声を出していた。

「ちょっと残念だわ〜」

 やっぱり残念らしい。
 何故?

「そこは俺の成長を喜んで頂けたらなー……なんて」

 少し横に目を逸らしながらそう口にした。
 もしも彼女の目を直視しようものなら網膜が焼き切れてしまうだろう。

「そうねえ、ちゃんとお話しできるようになったのは嬉しんだけど〜」
「けど?」
「やっぱりペーター君みたいに怖がってくれる方が嬉しいわね〜」

 その時のパメラさんの顔は、とても嬉しそうに頬を赤くして、うっとりとした顔をしていた。
 その瞬間、半ば反射的に思った。
 ――――ペーター……KILL!

「…………ふう」

 落ち着け、俺。
 本来の目的を忘れるな。
 俺は人類すべての希望を背負っている事を忘れるな。

「パメラさん、実は今日俺面白げな物を持って来たんですよ」
「あら何?」

 頬に笑みを張り付ける俺に、パメラさんは興味津津と言った瞳を向けてきた。
 よしよし計画通り、薬作った間以外の一ヵ月プランを練るのにあてた甲斐があったぜ。

 俺はポーチから薬を一粒取り出し、パメラさんへとその手を差し伸べた。

「コレを一粒飲むだけで――――早っ!?」
「あら、ちょっと甘いわね〜」

 一瞬にして取られて、瞬時に口の中へと入れて飴玉の様に舐めていた。
 コレはそれだけ俺が信頼されているのか、それだけ娯楽に飢えているのか。
 疑問を抱きつつも俺はカウンターに背を預け、扉の方を向いた。

「あら? どうしたの〜?」
「いえいえ気になさらず、紳士の嗜みですよ」

 女性がお色直ししているのを見つめる紳士なんてものはいない。
 当然、俺の頭の中の出来事だが、衣擦れの音さえ聞こえてくるようじゃないか。
 あ、鼻血がまた。

「あら、あらあらあら!」

 拭っていると、背後から仰天するような、というよりも喜んでいる様な声が上がっていた。
 俺は期待を込めて踵を反転させて、百八十度体を反転させた。

「猫ちゃんのミミがついてるわ〜」

 カウンターに置かれた鏡を見ながら、目をぱっちりと開いてミミを触っているパメラさんの姿が。
 フリルのついたカチューシャの少し下から生えた、薄紫のネコミミ。
 何故だろう、いつもよりも綺麗だが、今はいっそうウェーブのかかった髪が可愛く見える。

「…………」

 嗚呼、パメラさん。あなたは初めてであった時より美しかった。
 けれど今は、それをも上回っている。
 昔のいかにも町娘といった素朴な服装も素敵だったけれど、今のフワフワのゴシック調のドレスも素敵だ。
 そしてネコミミ、これがついただけだというのに、言葉が出ない。

 満足だ。

 もう、目を閉じようと思った。

 その瞬間。

「アカネ君、見て見て〜ニャンニャン♪」

 軽く握った両手を頭上に持って行って、眩いほどの笑顔で、ニャンって。ニャンって。
 スカートをひらひらと横に揺らしながら、俺の眼前で確かに。



 ニャンニャン



 ニャン



 ニャン?



 ニャン



 ニャン



 …………
 ……


 あ、花畑で羽のついた人たちが歌ってる――。





「アカネ君?」
「はっ!? 一瞬死んでた!?」

 危なかった。
 パメラさんの声が天使の歌に勝っていてよかった。

「あら、残念」

 残念がらないで下さい、と俺は言おうとしたが、言葉が出なかった。

「うふふ、どうかしら? 猫ちゃんのポーズよ〜」

 パメラさんは体を床と平行にしたまま浮いていて。
 猫が毛づくろいをするように、片方の手で前髪を梳いていた。

 其の体勢は、マズイ。

 何がって、すっごい強調されているのが。

 かのニュートンが胸の谷間から重力を発見したという有名な話を思い出した。
 今の俺には彼の気持ちが良く分かる。
 というか、この人。確実に。俺の事を。殺しにかかってる。

「ニャ〜、ニャア、ニャニャニャア♪」

 歌うように猫の鳴き声を奏でるパメラさん。
 これはやはり俺を亡きものにしようとしてると考えて間違いなさそうだ。
 事実、気を抜いたら再び天国への門をくぐってしまいそうだ。

「パメラさん、非常に名残惜しいですけど、俺はこれにておさらばしますね」
「あら、そうなの?」
「ええ、このままいると大変なことになるので」
「ふうん? それじゃあまた今度会いましょうね〜」

 手を振るパメラさんに軽く会釈して、俺は足早に外へと飛び出した。
 照りつける太陽が妙に生ぬるく感じた。

「なんだろうな」

 どこか燃え尽きたような感覚があるのに、内側にはまだ熱いモノが滾っていた。
 きっとこれが旅人の心理ってモノなんだろう。
 一つの輝くモノを目にして、そこに留まらずにまた次の輝きへと渡って行く旅人。
 なら俺も、この熱が冷めやらぬ内に動き出そう。



…………
……



「あは〜ん……」

 鉄鍋の中をかき混ぜながら、俺は数時間前までの光景を思い出していた。

「おい、気持ち悪い声出すんじゃねえよ」
「ういーっす」

 あの後すぐにサンライズ食堂を訪れた俺は厨房に入って料理を手伝っていた。

「いやあ、それにしても場所貸してくれて助かりましたよ」
「まあ偶にはな、馴染みの奴らのためだ」

 今日の夜はギルドの二人や親しい冒険者の皆でちょっとしたお祝いをする手筈になっている。
 これまで頑張ってきた区切りにパーティーを、でもクーデリアさんは期限前後はかなり忙しくなるから、今の内にとそれらしい理由もつけた。
 そして男子諸君の面々は店主のイクセルさん以外、急な用事で休むことになっている。
 なに、後々何を言われようと、今日を乗り切れば俺の勝ちよ。

「なあ、お前なんか悪いこと考えてないか?」
「いやいや、そんなことないですよ」
「そ、そうか」

 もはや今の俺の演技スキルなら、語尾が跳ね上がることもない。
 まさしく息を吐くように嘘を言う。
 さあさあ、パーティー用のお料理の仕込みをそろそろ始めましょう。

「クハ、クハハアハハ!」
「おい、お前やっぱり……」
「アッハッハ! すっごいパーティー楽しみー!」

 勢いでなんとか誤魔化した。


 そして日は落ち、俺の時間が来た。

「こんばんはー」

 まずはトトリちゃんがやって来た。
 そしてミミちゃんに師匠、クーデリアさんにフィリーちゃんにちむちゃんズ。
 クックック、大漁大漁。
 メルヴィアも面倒がらずにこのパーティーに来てくれたのならあんな辱しめにあっていなかっただろうに。

「失礼する」
「にゃ!?」

 威風堂々と、ステルクさんが店に入ってきて、ついでジーノ君にマークさんまで……。
 お、お呼びじゃない!?
 な、何故だ!? この選ばれし男子以外禁制の場に! 何故!?

「ぷに〜」
「き、貴様! 貴様は!」

 料理中の鍋の横には、すべての首謀者と思われる野郎が。

「縄でふんじばるだけじゃ足りなかったようだな……」
「ぷににににに」

 ふん、せいぜい笑っていろ。
 多少計画は狂ったが、問題ない。ちょっと予定よりもひどい絵面になるだだ。
 俺の計画すべてがバラされないだけマシと思うことにしよう。
 男連中の獣耳……クソ! 誰が得するんだよ!

「い、いやあ相棒、よく皆を連れてきてくれたな〜」
「ぷにに」

 癪だが俺が頼んで呼ばせに行った事にしておこう、そうしないと何故男性陣誘わなかったのという話になる。

「それにしても、あんたも偶には気が利くわよね」

 皆が話している中から、クーデリアさんがこっちに来て珍しく褒めてくれた。
 
「いやあ、これも自分のためですよ」

 一切の謙遜なく。

「あら、あんたが殊勝な事言うなんてね…………ん?」

 微笑みから一転、眉をひそめてちょっと剣呑な目を向けてきた。

「まさか、何か企んでるんじゃないでしょうね」

 クリティカル!?
 流石だクーデリアさん。五年間俺の相手をしているだけある。
 ならば! 俺も磨かれた演技スキルでお相手いたそう!

「まさか、見てくださいよこの綺麗な目!」

 クーデリアさんの睨むような半目に俺は真っ直ぐな瞳をぶつけた。

「キラキラ輝きすぎてて逆に怪しいわね……」
「酷くないですか」

 一体どうしろと、まあ事実俺は悪いことをしているんですけどね。正義だけど。

「せんぱーい! 腹減った! 早く料理盛ってくれよー!」
「お前は変わらねえなあ」

 空腹に耐えかねた後輩君が会話に割って入ってきた。
 おーけー、今、薬を盛った後に皿に盛るぜ。

「そんじゃあクーデリアさん、ちょっと仕上げするんで話はこの辺で」
「なんっか怪しいけど、まあいいわ……」

 最後まで怪しい視線を向けながらもクーデリアさんは結局去っていった。
 勝った……俺は勝った。もはや俺を阻むものは誰もいない。
 アカネ特性ジューズの味見をして〜、味を調えるために調味料を各種。そして魔法の薬をパッパッパのパ。

「よし! 皆、盛り付けするから運ぶの手伝ってくれ」

 そう言うと全員がワラワラと集まってきた。
 その中でフィリーちゃんは震えていた。
 美少女と男性連中に囲まれてさぞ複雑な心境なんだろう。

 テーブル数個に料理皿を置き、皆に飲み物(薬)を配った。
 ひとつのテーブルに皆で集まったところで、俺は指で自分のグラスをコンコン叩いて、注意を俺に向けた。

「ではでは、不肖この私、アカネが乾杯の音頭をとる!」
「きょ、強制なの?」
「みたいですね」

 ヒソヒソと会話しているが聞こえているぜ錬金術士二人組み。

「この五年、冒険者としていろんなことがあったけど、無事にここまで来れたのはトトリちゃんを中心とした皆のおかげだと思ってます」

 その俺の一言だけで、皆が皆俺のことを変なものを見る目で見てきた。
 なんだいなんだい、俺だって真面目な挨拶くらいするに決まってるじゃないか。

「ずっとこのままではいられないと思いますが、今日はこれまでの苦労を皆で労わり合いましょう。それじゃあ、乾杯!」
「「乾杯!」」

 一斉にグラスをぶつけ、全てが口元で傾けられていく……。
 ちなみに俺はもちろん飲むふり、ぷにはもとよりグラスを持てない。

「あら、これおいしいわね」

 一口飲んでしまったミミちゃんが、驚いたように目を丸くしていた。

「アカネスペシャル、今日のために研究したからな」

 薬の風味をごまかすためにだけどな!

「ところで君は何でカメラを構えているんだい?」
「いや、今日の思い出を忘れないように、ね」
「ふむ、頼んでくれれば僕が作ってあげてもよかったんだけどね」

 ……たぶんマークさんならギリギリでビデオカメラまで作れる。

「ん?」

 突如、後輩君が何かに気づいたような声を上げた。

「トトリ、頭に何つけてるんだ? それ」
「え?」

 トトリちゃんは両手を持っていって、確かにそれに触れた。
 頭の飾りのレース、その下から生えてきているネコミミに。
 持っているモノを投げ出して触りに行きたくなったが、我慢だぜ俺。

「……?」

 しかしトトリちゃんは首を傾げるばかりだった。そりゃ分からんよな。
 俺はその可愛さを後世に残すため無心でシャッターを切っていた。

「あれ、先生も頭に何か……」
「? あ、ステルクさんも」
「何?」

 ピョコ、ピョコと次々に主張を始める獣耳たち。
 なるほど、ここが現世の楽園の一丁目って訳か、まいったね。

「ちょ! 何よコレ!」

 手鏡を取り出したミミちゃんがまず絶叫を上げた。
 なるほどミミちゃんは狼か、尖った耳が素敵だぜ。

「ふむふむ」

 俺は頷きながらも周りを見渡した。

 師匠は安定のワンコ耳、喜んだときに尻尾でも振り出しそうなくらいに似合っている。
 クーデリアさんは狐耳、珍しく慌てているのか微妙にフリーズしている。
 フィリーちゃんは……狸?

「ここが、現世の楽園の一丁目……」

 どこか覚えのあるフレーズを口にしながら、フィリーちゃんは確かに心のシャッターを連射していた。
 まあ、狸耳は似合っているから良しとしておこう。

「ちむ、ちむ〜……」

 ちむちゃんズは輪になって震えていた。
 どうやらとんでもない事の片棒を担がされていたことに気づいたようだ。師匠はまだ慌てているだけというのに。
 しかし、ヤバイ。何がヤバイってアレがああなって、それで、ヤバイ。

「ち、ちむちゃん達! か、可愛いーーー!!」

 トトリちゃんが頬を真っ赤に染め、全てを忘れて抱きつきに行くくらいにヤバイ。
 さらさらの髪から生えた猫の耳、もはやコレは一つのお人形さんのようだ。
 ネコミミちむちゃん抱く、ネコミミトトリちゃん。
 また鼻血が出そうだ……。

「先輩先輩これどうなって――!」
「俺の視界に入るんじゃねえ!」

 いきなりカメラの前に立ったから撮っちまったじゃねえか!
 お前は狼か、お前の師匠とお揃いだなおい。
 あっちはファンシーの欠片もないくらいに、凶暴性有りそうだけどな。やっていることといえば師匠を見ているだけか。
 ふふ、所詮は男よのう。

「というよりも君だけ、なんで何もなってないんだい?」
「お前やっぱり、とんでもないことを……」

 マークさんとイクセルさんも寄って来た。
 なんで男だけ寄ってくるんだよ! 散れよ!
 それとマークさんが狸なのはなんとなく分かる、でもなんでイクセルさんがネコミミなんだよ!
 ツッコミが追いつかないよ!

「やっぱりあんたの仕業なのね……」

 狐耳の黄金色をしたハンターが来た。
 謝れば許してくれる可能性があるようなないような……ないか。

「ふっ、クーデリアさん。あなたは負けたんですよ。他でもない、この俺との知恵比べにね」
「…………」

 あ、冗談の通じない時の目だ。
 こ、怖くないですし。

「…………」

 黙々と、それでいて巨大ロボが近寄って来るかのごとき威圧感を纏って近づいてくる。
 気づけば、皆が俺を非難する目で見ている。フィリーちゃんだけは英雄を見るかのごとき目で見ている。ありがとう。

「この五年、あんたは本当に、どっっれっだけ! 怒られても、変わらなかったわね」

 歩みを止め、唐突にクーデリアさんが口を開いた。

「まあ、心はいつでもティーンエイジャーですから」
「ええ、だから……ご褒美をあげるわ」

 そして、クーデリアさんはいままでで一番、優しい笑みを浮かべた。
 瞬間俺は気づいた。


 あ、これアカンやつだ。


 俺は全力で事前に開いていた後ろの窓へと駆け出した。
 後ろからは小さな金属音がした。たぶん銃口が俺を狙っている。

「ほおああああ!」

 アクション映画張りに窓へダイブし、転がりながら着地すると。
 空中を弾丸が飛ぶのが見えた。
 まずい、あの人ガチだ。

「人生の中で、小さいだの何だの言われてきたけど、今日この日までこれほどの屈辱を味わったことはなかったわ……」

 俺の仕掛けに嵌っただけでそこまでの負の感情を……。

「いやだー! 死にたくなーい! 死にたくなーい!」

 俺は恐怖ですくみそうな体を全力で動かして夜の街の中を駆け抜けていった。


…………
……



 翌日、いつもの宿の部屋。

「いやあ、昨日は何とか逃げ切れたぜ」
「ぷに?」
「どうやったかって? いや、途中で井戸があったから……潜った」
「ぷに!?」

 これまでの川流れはきっと昨日のあの日までのリハーサルだったんだろう。
 結構冷静に隠れ通せた。

「免許更新までは村の方に身を隠すとしよう」
「ぷに?」

 満足かって? そりゃあもう。

「……ふっ」

 俺は何も言わず、ただ笑みだけで答えた。

「アカネさん! アカネさーん!」
「にゃ!?」

 突然扉がドンドンと力強くノックされた。
 この声はフィリーちゃん? 一体何をそんなに慌ててるんだ?

「まさか……」

 早く逃げてください! 私はクーデリア先輩をまだ人殺しにしたくないんです! って事か?

「アカネさん! 街中の人にミミが生えちゃってるんです!」
「…………?」

 何言ってるんだあの小娘は? 昨日の一件で脳がショートしたのか?

「んん?」
「ぷに?」

 俺とぷには互いに顔を見合わせた。
 そして……気付いた。

「あ」

 俺はおもむろに袖を捲った。
 そこには仕込んでいた薬はすでになく。

「…………」

 井戸に逃げる→薬落ちる→溶ける→井戸は皆のもの
 世が世ならバイオテロと呼ばれるものが起きてしまっているのか……。

「アカネさん! クーデリアさんもすぐに来ますよ!」
「…………」

 数々の修羅場を乗り越えてきた俺は、今この場における最適解を導き出した。
 俺はポーチから余っていた薬を取り出し、飲んだ。

「ぷに!?」

 少し間をおいて鏡を見ると、イケイケな黒いネコミミが生えていた。
 そして同時に扉が壊れかねない勢いで開かれた。

「アーカーネーー!!」
「うわっ! なんだこれ! だ、誰の仕業だ!? チクショー!」

 俺は膝から崩れ落ちて、チラッっとクーデリアさんの方を見てみた。
 彼女の目は俺を冷酷に見下して。

「で?」

 酷く冷たく、それでいて何の感情もこもっていない。
 これ以上に俺の胸を締め付ける一文字を俺はこれまで知らなかった。

「……これは機関の陰謀です」
「連行」
「あ、あい!」

 舌を噛みっ噛みのフィリーちゃんに手錠をかけられた。
 それほどに今のクーデリアさんは怖い。

「クーデリアさん、一つだけ。いいですか?」
「…………」

 特に返事はないので良いということにした。

「獣耳がある限り、俺は何度でもこの世によみがえ――――ニャ!?」
 
 銀の銃口がこちらを向いたと思えば、火薬の爆発する音ともに、俺の意識は狩りとられた。
 

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