時はついに六月免許更新の日がやって来て……た。
 いまはそれから二週間近く経ってしまっている。
 二カ月近くの奉仕活動もといただ働きの帰還を終えて、やっと、やっとだ。
 何がどうしてそうなったかって、捕まった後の釈明の第一声が原因だな、うん。

『ふふ、随分と可愛らしい格好でしたねクーデリアさん、いやクーちゃん』

 なんて無駄に煽ったせいだ。間違いない。
 もうこれ以上怒りのボルテージが上がらないだろうと鷹をくくっていた。
 それからは仕事を終えては報酬も貰えず新たな仕事を渡されるという負の回転悲劇。

 だがようやっと、お許しをもらえて俺は今日堂々とクーデリアさんの前に立っている。

「それじゃあ、クーデリアさん。免許の更新お願いします」

 ポケットから免許を取り出してクーデリアさんの前のカウンターに乗せた。
 永久ライセンスをもらえるとなると、この行事も今回で終わりか。
 少し寂しくも思いながら、俺はクーデリアさんの顔を感慨深く見つめた。するとクーデリアさんはニコッっ笑って。

「いーやっ」
「……?」

 まるで見た目通りの本当に子供のような様子で楽しげにそう言った。
 いーやっ? いーや、いや?
 いや、そうであろうか、そんなことはない。

「反語ですか?」
「…………」

 返事はなくニコニコとしているだけだ。
 俺も分かっている、この人がこんな笑顔で言う言葉ときたらもう決まってるさ。
 ここは少しでも空気を和ませよう、そうしよう。

「いやいやいや、そんないやの意味が嫌だなんてそんなことは俺は嫌ですよ」
「はあ?」

 一転して苛立たしげな様子に、どうやら俺の顔を見たときから怒りは有頂天だったようだ。

「俺はもう十分に罰をもらったと思います」
「ええ、そうね。でもそれと私個人が許すのは関係ないわよね?」
「しょ、職権乱用……」
「あら? それって悪い事かしら?」

 見える、黒い負のオーラがクーデリアさんの背後に見える。

「クーデリアさん、闇の力に負けないで! いつもの優しいクーデリアさんに戻ってください!」
「これがあんたに対してのいつも通り、よ」
「そうっすね」

 大変だ。まさかのラスボスが負けイベントという重大なバグが起きている。
 でも俺は知っている。借金の残り80万コールがある限り、俺は決して冒険者をやめられない事を。
 つまりどういう事かと言うと、コレは全て俺に対する嫌がらせだ。

「……暇なんですか?」
「まあねえ、制度の整備とかもあらかた終わって、しばらくの間、仕事はあんたらの免許の更新くらいなのよね」
「そんじゃあ仕事してくださいよ」
「…………甚だ不本意ね」

 小さく舌打ちをしたクーデリアさんは、かなり悔しそうな顔をしながらも免許を取ってカウンターの後方でいろいろと書類をバサバサとさせ。

「はい、これであんたはこの先問題を起こさなければずっと冒険者よ。ずっと問題を起こさなければね」

 振りともとれる発言と共に俺に免許が差し出された。
 ……今回ばかりはたぶん振りだな。うん。

「……はあ、不本意よ。全てがね」
「……まあ、俺もどうかと思いますけどね。アレは」

 何を間違えたのか、あのネコミミテロの日が何故か来年から正式にそういう仮装祭りの日になってしまったらしい。
 この街の人たちのノリの良さときたら、俺ですら驚愕させるぜ。

「共和国になってから祭りの類がなかったから、たぶんいろいろと溜まってたんでしょうね」

 ため息をまた一つついて、呆れ交じりにそう吐露した。
 昔はなんでも、キャベツ祭とかあったとかなんとか、これを聞いたときはまた師匠が変な事を言いだしたくらいに思ったもんだ。

「あっ、そうだ。今度アランヤ村の方で前回のお詫びも兼ねてちゃんとした慰労会的なモノをやる予定なんでよければ予定開けといてください」
「…………」

 半開きの目が、俺を疑わしげに睨んでいた。

「信用を築くのに十年、崩すは一瞬、名言ですよね」
「そう思うなら少しは…………やっぱりいいわ」

 俺の品行を正そうとせんとする者がまた一人諦めの道に入ってしまったか。

「流石に二度もトラップパーティーは開きませんって」
「……信用するのはこの一回だけよ」

 なんだかんだで信用してくれるクーデリアさんは正しく慈愛の女神、というのは流石に女神さまに失礼だな。

「それじゃあ今日の俺は多忙なんで失礼します。あとでフィリーちゃんにも伝えといてください」
「それはいいけど……多忙ねえ?」

 どこか訝しげな様子で俺を見て来るクーデリアさん、信用値が低いと些細なことでも疑われてしまうこの世の無情さよ。

「実は今日、ヘルモルト家にお呼ばれしてるんですよ」

 気分は社長殿達が集まる豪勢なパーティーにでも行くかのようだ。
 どちらが優れているかは言うまでもないな。
 道行く人たち全員に自慢したいくらいだぜ。

「それは……おしかけるの間違いよね?」
「違いますよ、我が妹ピアニャちゃんがどうしてもと言って……ねえ」

 最後の二文字は、否定の意味の二文字だが、意味はどちらでもとれると思う。
 トトリちゃんは免許を更新した後昔懐かしんでか、馬車を使って帰ったから……日数計算とペーターのやる気を考えるとたぶん今日あたりに帰っているはずだ。

「まあいいけど……迷惑掛けるんじゃないわよ」
「はあい、お母さん! 行ってきまーす!」

 そう言って回れ右をしたら後頭部に何かを投げつけられた。
 だって完全に保護者発言じゃないですか。








 ギルドを出た後、ぷにと合流して俺たちはアランヤ村の入口へと飛んだ。
 赤い日差しを受けた噴水が茜色に輝いている、実に優美だ。
 赤い日差しを受けた御者の背中に哀愁を感じる、実に不憫だ。

「まあそんな事はどうでもいい、ぷに、ちゃんと皆にぱーちーの事は伝えてくれたんだよな?」
「ぷに!」
「ならばよし、あとはメルヴィアを探すか」

 俺が免許を更新している間にぷににはアーランドの愉快な仲間達に招待状を届けさせたのだ。
 基本的に今日は皆アーランドにいるのだが、アランヤ村勢で唯一永久ライセンス持ちのメルヴィアには直接伝えねばならない。

「とりあえず、ゲラルドさんの所に行ってみるか。どうせそこにいるだろうし」
「ぷに」

 メルヴィアは酒場系美少女だからな、居場所が実に分かりやすい。

「ちなみに酒場系美少女にはウェイター系と入り浸り系の基本二種類がいてだな、さらには……」
「ぷに?」

 あ、素で分からないって顔されちゃった……これは恥ずかしい。
 この赤い顔は夕陽のせいです、そうなんです。

「ほら、ついたついた!」
「ぷに〜?」

 頼むから蒸し返さないでほしい。
 店に入って、見回すと。

「やっぱりいるんだよな」
「ぷに」

 他の客がまるで見えないのが悲しいところではあるが。
 俺はポケットからライセンスを取り出し、ダッシュで駆け寄りそのままの勢いでメルヴィアのいるテーブルに叩きつけた!

「どうよ!」
「な、何がよ?」
「すごいだろう! 永久ライセンスだ!」

 ふん! 鼻息を大きく一つ吐いて、俺はメルヴィアを見下した。

「そのくらいあたしだって持ってるわよ」
「チッチッチッ」

 人差し指をメルヴィアの顔の前に持って行き、分かってないなあとばかりに舌を打った。
 そしたら指を思いっきり握られた。

「衝動的に折りたくなるわね……」
「やめてください」

 声のトーンとテンションが三つくらい下がってしまった。
 放してくれたのはいいが、いまでも握られている感触があるのが怖い。

「ええい! つまりは! 俺の免許は努力の塊で! お前のは惰性の塊ってことだよ!」
「ふうん、努力の……ねえ?」

 そう言うと、メルヴィアはテーブルの上に乗っているぷにに目をやり、俺に戻した。

「な、なん、ななん、なんにゃんです!」
「自分の胸に聞いてみたらどうかしら?」
「…………7:3だな」

 主に頑張りとかガッツとか負けん気とか、そのあたりで判定すると。

「努力の……ねえ?」

 クッ、二回もいいおって、こんのアマめ……。
 ちなみにこのアマは、このアマゾネスの略だ。

「何いきなりうまいこと言ったみたいな顔してるのよ」
「いや、別に」

 口に出したら殴られますし。

「とにかく、総合頑張り度は俺の方が上だってことだ!」
「まあそうね」

 あら、意外にもあっさり認めて……。

「だって、あたしくらいになると頑張らなくても仕事をこなしちゃうもの」

 おほほとどこぞのお嬢様の様に口に手を当てて笑うメルヴィア、これに反論する材料を俺はまだ持っていない。

「……頑張ってないなら今度やる慰労パーティーにも出なくていいよな?」
「あら、聞いたからには出るに決まってるじゃないの」

 一瞬うまい切り返しをしたと思った俺がバカだった。まず言わないのが一番の反撃だというのに。

「……ぷに」
「ああ、俺って本当にバカだな」

 考える前に口から言葉があふれてしまう者、人それをバカと呼ぶ。

「いいさいいさ、今から癒しの世界ヘルモルト家にお邪魔するんだから」
「本当に邪魔しないようにしなさいよ」

 去っていく俺に対して、余裕綽々と言った様子で手を振るメルヴィア。
 この間のネコミミ事変の写真でも見せて……いや、やめておこう。俺もまだ命は惜しい。







 店を出て坂を上って行く、同時に俺の気分も上がっていく。
 もう扉の前に立っている今なんて……。

「ドキドキで心臓が破裂しちゃいそうだよぉ……」
「ぷに……」
「ごめん」

 少女漫画の様な言い回しを考えてみたが、なんか妙にグロい表現になってしまった。
 たぶんぷにが引いているのはそこじゃないとは思うが。

「パッパっとお邪魔しちゃうか」
「ぷに!

 扉に手をかけて、勢いよく!

「ヘイ! ただいマーボー豆腐!」
「あにき! おかえりんご飴!」

 さっすが、妹は一味違うな。瞬時に返してきたぜ。
 そしてテーブルに並ぶ料理を見るに、どうやら俺の計算は間違っていなかったようだ。

「アカネ君、ピアニャちゃんに変な事を教えないでっていつも言ってるじゃない」

 デーブルにはおいしそうな料理がたくさん並んでいる、がツェツィさんは何故か急いで食材をかき集めていた。
 
「アカネさんシロちゃん、ごんばんは」

 わざわざ椅子から立ち上がって挨拶をしてくれるトトリちゃん。
 挨拶ってのは育ちの良さが見え隠れするな。

「ぷに!」
「うむ、苦しゅうない、座ってよいぞ」

 本当に見え隠れするよな!

「はは、君も変わらないね」
「あ、グイードさん。こんばんは」
「ぷに」

 よかった、今日は見える日の様だ。
 なんで、いちいちそんな事で安心しなくちゃいけないのかと言う話ではあるが。

「いきなり押しかけちゃったけど……迷惑だったり?」
「ううん! あにきが来てくれてよかった!」
「ああ、本当によかったよ……」

 ピアニャちゃんは大げさに喜んで、グイードさんも心底ほっとしているように見える。
 何か腑に落ちない……。

「あにきー、ちぇちーがね、毎日毎日まあーいにち! ずっとこんなたくさん作るんだよ」
「? ああ、うん。だいたいわかった」
「ぴ、ピアニャちゃん!」

 トトリちゃんがトラベルゲートで帰るならともかく、馬車で帰るとなるといつ帰ってくるか分からんもんなあ。主にペーターのやる気のせいで。
 それで今慌てて温かいご飯を作ろうとしていると。

「それじゃあ、材料も少ないみたいだし、俺たち客人はこっちの冷めた方でも」
「ぷにに」

 椅子に座ってそう言うと、ツェツィさんの使命感に溢れた言葉がかかった。

「ダメよそんなの、待っててたぶん、うん……たぶん足りるから!」
「ごめんなさいアカネさん……家のお姉ちゃんが」
「まあ、トトリちゃん関連ではいつものことだからな」

 昔は驚いていたが、今となっては馴れたもんだ。

「まったく、誰に似たんだろうなあ」
「…………」

 たぶんあなたですよグイードさん。このスイッチの入れ替わりの早さは。

「――はっ!?」

 きゅ、急に脊筋にゾクッとした!

「どうしたんですかアカネさん?」
「こ、このプレッシャーは! …………誰だ!」
「何言ってるんですかアカネさん」
「……何言ってるんだろうな俺」

 トトリちゃんから呆れた様な目線をもらってしまった。
 いや、でも本当に何か感じたんだよ。カエルが蛇に睨まれるかのように。

「むう……」
「あ、誰か来ましたね」

 俺が一つ唸ると同時に、外の方につながる扉からノックが響いた。
 こんな時間に来訪するのは俺だけじゃなかったか。ミミちゃん辺りが頑張って来たりでもしたかな?

「誰だろ? はーい」

 声を一つ上げて、トトリちゃんが扉を開けようとすると、入れ違いで扉が開いてしまった。
 トトリちゃんは来客の人に前のめりに抱きつく形となって……。
 まさかノック派生にあんな秘奥義があるとは……覚えておこう。

「わぷっ、ごめんなさ……えっ?」
「おっと、抱きついてのお出迎えとは嬉しいねえ」

 ところでどなただろうか? あのトトリちゃんに似た髪の色をした美人さんは。
 いや、顔を見た瞬間、一つ思いつきはしたけどね? うん、似てるし。

「あんたはツェツィ……じゃない。トトリか。おっきくなったねえ。ってことは」

 料理をしているツェツィさんに顔が向いた。
 当のツェツィさんは箸を落っことして、口と目を大きく開けていた。

「そっちの美人さんがツェツィかい?」
「な……え……」

 次に思わずと言った様子でテーブルに片手をついて立ち上がったグイードさんへと。

「はは、娘二人はこんな美人になったってのに、一人だけすっかり老け込んでるね」

 軽く笑いながらも、どこか懐かしそうにその目は見つめていた。
 そして、今度は茶化すように。

「まさか、船造りの腕まで衰えちゃいないだろうね?」
「まさか……お前……」

 そして、最初にその言葉を発しようとしたのはトトリちゃんだった。

「お、お……」

 そして、娘二人の言葉はぴったりと重なって。

「「お母さん!?」
「ただいま。遅くなっちまったね」

 ……感動の再会だ。
 いや、他人事ながらも現実のものとは思えないな。
 まさか、うん、嘘だろ、いや、うん。
 ダメだな、俺ってバカだからさ、こんな時言える言葉は、俺に言えるのは一言だけだよ……。







「お父さん! 誰だよこの人は!」
「は?」

 両手をテーブルに打ち付けて立ち上がった俺をポカンと見つめるグイードさん。
 俺はすかさず我が妹にアイコンタクトを決行した。

「ぱぱ、今のお母さんとは遊びだったの?」

 わざと余計に舌ったらずな感じに言葉を並べるその様は、まさしく俺の妹と言う他なく。

「連れ子の俺とピアニャと!」
「ぷに〜」
「シ、シロも面倒見てくれる良い人だと思ってたのに!」

 わざとらしく顔を手で覆う俺とピアニャちゃん。
 それに対するトトリちゃんのお母さん、ギゼラさんはと言うと。

「おやおや、まさかあんたが新しい女を作ったとはねえ」
「……あれ?」

 手の中で声が反響する、手を開いてギゼラさんの顔を見てみると……。

「ぷに?」

 ケラケラと愉快そうに笑っていた。

「――軽っ!?」
「ハハッ、誰か知らないけど死人が現れたってのに、よくやるもんだねえ」
「な、何か軽い、軽いですよ!?」

 そう叫ぶと、さも当然の事を言うかのようにギゼラさんは口を開いた。

「そんな船造りしか取り柄のない男、あたし以外誰が選ぶってんだい?」
「な、なるほど……」

 つ、強い――!
 そして俺の苦手なタイプの方だ。まったく俺のやることに動じてない!

「――って痛っ!?」

 いきなり頭部に拳骨で殴られたような痛みが広がった。

「洒落にならん事をするなこのバカが、あと空気を読め空気を」

 頭を抱えてしゃがみ込んだまま振りかえるとグイードさんが俺を睨みつけていた。

「可愛いお茶目じゃないですか」
「アカネさん……」

 ハッ!? トトリちゃんが半目で俺を見ている!?
 ま、まさかトトリちゃんがそんな目をするなんて。

「アカネ君のせいで驚きとか感動が全部どっかいっちゃったじゃないの……」

 くそう、ピアニャちゃんだって片棒を担いだというのに。

「それで? あんたは誰なんだい? それにそっちの金髪の可愛いお嬢ちゃんに、そこのぷにぷにも」

 問われれば答えようと、俺は立ち上がり胸を張った。

「トトリちゃんの先輩冒険者アカネです! そして相棒のシロことぷに、それと妹のピアニャちゃん」
「先輩冒険者ってことは……へえ、トトリがねえ」

 感慨深そうに、トトリちゃんを見下ろすギゼラさん。
 そう言えばギゼラさんも冒険者でしたね。それも超凄腕の。

「そ、そうなの! わ、わたしも冒険者で! な、なんでそうなったかっていうと……」

 言いたい事が後から後から出てきているのか、早口で言葉を並べていくトトリちゃん。
 それを見かねたツェツィさんは、多少落ち着いた様子で、本当に他省ではあるが。

「二人とも座って話したら? 私は料理を作ってるから」
「あ、うん」
「ツェツィの料理かい、あのツェツィがねえ……」

 何が面白いのかは分からないが、笑いながら、テーブルの料理を手づかみで口にポイっと運んでしまった。

「……あたしよりもうまいじゃないか、コレは良い嫁になるねえ」
「お母さん行儀悪いわよ、それに嫁だなんて……」

 あ、少し赤くなった。ギゼラさん、良い仕事しますねえ。
 俺はジュースの入ったコップを軽く口元で傾けた。

「あ! もしかして、あんたがツェツィの男かい!」
「ぶーっ!?」
「ぷに!?」

 うおっ!? ぷにがジュースまみれに!?
 ってそうじゃなくて、何をおっしゃいますか兎さん?
 男って、男って!?

「ちょっとグイードさん! この人俺以上にパンチの利いた言葉ぶつけてくるじゃないですか!」
「おや、違うのかい?」
「ち、違うわよ。もう、お母さんったら!」

 そ、そんなに怒らなくてもいいじゃないかとは思いつつも、変に脈アリみたいな反応をされるとそれはそれで困る。

「そ、そうだ! 家族水入らずにしないと! 行くぞピアニャ、ぷに!」
「なんだい、帰る事無いじゃないか。ほらほら座った座った」

 肩に手を置かれ無理やり座らされた。あ、力も凄い感じの女性だ。
 力強くて、押しも強くて、動じなくて、さばさばしてて、俺の天敵じゃないですか。

 癒しの世界、ヘルモルト家が……。

「それにしても、そっちの金髪の子、あんたの妹にしちゃ年が離れて見えるねえ」

 席についたギゼラさんはピアニャちゃんの事をまじまじと見つめた。

「ああ、ええ、血は繋がってない暫定妹と言いますか……ううん」

 なんと言えばいいものか、最初から話した方が良い気がしてきた。
 うん、そうしようそうしよう。トトリちゃんもなんかうずうずしてるし。

「ココはトトリちゃんに話してもらった方が分かりやすいですよ」
「おや、そうかい?」
「えっと、うん」

 子供の様に、ギゼラさんの横にぴったりと椅子をくっつけたトトリちゃんが小さくうなずいた。

「えっと、何から話せばいいんだろう……」
「最初から話せばいいさ、時間はいくらでもあるんだからな」

 薄くだが、確かに微笑みながらグイードさんは自分にも言うかのようにそう言った。
 それを聞いたトトリちゃんは一つ頷いて。

「それじゃあ、えっと……わたしね、お母さんを探すために冒険者になったの」
「おや、そうなのかい。悪いね、あたしが待たせちまったせいで」

 ギゼラさんが軽くトトリちゃんの頭をなでると、トトリちゃんはくすぐったそうにしながらも、嬉しそうに話をつづけた。

「ううん、冒険者になったおかげで友達も増えたし、良い人たちとたくさん仲良くなれたから」
「そうかい、それにしてもそんな小さい体でよく冒険者になれたもんだねえ」
「うん、でも皆が助けてくれて、そうそう! わたしね、錬金術士になったの!」

 子犬だったら尻尾をどれだけ振っているのかも分からないくらいに楽しげに、それでいて褒めてもらいかのように、トトリちゃんは声を弾ませた。

「へえ、あんたがねえ。そういや、死にそうなあたしを拾ってくれたのも錬金術士だったっけね」
「え、そうなの?」
「ああ、名前は……忘れたけど、黒い長髪でメガネの姉ちゃんだったね」

 ああ、そっか、そりゃギゼラさんを助けた人はいるよな当然。
 それで、何でギゼラさんはトトリちゃんをそんなにじっと見てるの?

「そいつ見たせいで、錬金術士は変わり者ばっかと思ったけど、トトリがそうなら違う見たいさね」
「でもあにきも錬金術士だよ?」
「ハハッ、それならやっぱり変わり者ばっかってことかい」
「妹よ……」

 まあどちらかと言えば変わり者の部類に入りますけどね、そりゃ。

「それで、錬金術士になったトトリはどうしたんだい?」
「うん、頑張って頑張って、今から二年くらい前にお父さんに船を造ってもらって海に出たの」
「おや、やっぱりまだ船を造ってたんだね。まあ、あんたにはそれくらいしかないからね」
「ほっとけ」

 なんというか、この人は本当にその一点で惚れ込んだんだろうなあ。

「それで、アカネさんとジーノ君とミミちゃんって言うわたしの友達がいて、皆でフラウシュトラウトをやっつけたの!」
「…………」

 動じないと思っていたギゼラさんがついに目をパチクリとまたたかせた。

「まさか、娘に先を越されるとはねえ」
「えへへ、それで東の大陸に行ってお母さんがいた村まで行ったんだよ」
「ああ、あの村かい。あそこには辛気臭いばあさんがいただろう?」

 どう考えてもピルカさんの事だよなあ。
 あれ? 確か、あの村には……。

「そう言えばピルカさん、ギゼラさんの墓石どうするんだろうな?」
「ぼ、墓石?」
「ああ、うん。村の英雄だからって……」
「はあ、あの婆さんは勝手に人を殺すんじゃないよ。まあ、あたしも死んだと思ったけどね」

 そう言って高笑いをするギゼラさん、いや、笑えないです。

「ピアニャはそこの村から来たんだよ」
「へえ、そうなのかい。まあ仕方ないさね、あの村にいたらそのうち……」
「ふふふ」

 そこでトトリちゃんは、まるで悪戯を思いついた子供の様に笑った。

「お母さんお母さん、あの塔の悪魔はね」
「トトリも知ってたかい、そうだ。今度こそ決着をつけに……」
「それもわたし達で倒しちゃったの!」
「…………」

 二度目のビックリポイント、そりゃ驚くよな。
 その後で一悶着はありはしたものの、まあそれは余談だな。

「なんだい、あたしが倒し損ねたの全部もってっちまったのかいこの子は」
「うん、でもお母さんのおかげで大分弱ってたみたいだし……」
「親の不始末を全部片付けるなんて、本当に孝行娘だねあんたは」
「うん、うん……」

 優しく髪を撫でらて、トトリちゃんは目を潤ませて、今にも泣きそうになってしまっている。

「はい、皆ご飯出来たわよ」

 そこで、大皿に盛り付けられた料理がテーブルに音を立てて置かれた。
 その音のおかげでトトリちゃんの涙は引っ込んでしまったようだ。

「おや、第二の孝行娘だ」

 そう言って笑うギゼラさん、ところでこの人は料理とかできるのか?
 いや、よしんば出来てもツェツィさん以上って事はないだろう。

「ギゼラさんは今度ピルカさんに会いに行かないとですね」
「はっ、短い老い先をさらに縮めちまいそうだけどね」
「たぶん驚いた後に大喜びですね」
「いや、あの婆さんの事だ。何勝手に生きてるんだとか怒りだすに決まってるさね」

 あれ、そんな感じの人だったっけ?
 厳しそうだけど結構優しい人間の出来た人だと思ってたが……。

「しっかし、アカネだっけか、トトリがあんたに随分世話になったみたいだね」
「いやいや、結構な割合で迷惑もかけてますし、今は俺の方が手伝ってもらう事になってますから」

 そういや、免許更新も必要なくなったし、また本腰入れて帰る方法探さないとな。

「ぷにぷに!」
「あ、そうそうシロちゃんも一杯手伝ってくれたよね」
「ぷに」
「へえ、ぷにぷにがねえ」

 珍しいモノを見る様な目線を浴びたぷには、胸を張るようにして背伸びをした。

「ぷにぷにを相棒にしてる冒険者で錬金術士、おまけに真っ黒と来たもんだ。随分と変わった奴だね」
「そりゃもう、異世界からの訪問者ですから」

 うむ、海を渡って来た男よりもこっちの称号の方がカッコイイな。
 
 俺が一人頷いていると、ギゼラさんがおや、と声を一つあげた。

「へえ、異世界からねえ居る所には居るもんだ」
「あら、あんまり驚かれない」

 まあ、他に驚くところがいっぱいあったからな。

「そうそう、さっき言ったメガネの姉ちゃんから、たぶんあんたに手紙を預かってるんだよ」
「んにゃ?」

 知らないお姉さんからこのアカネにメッセージ?
 そりゃ、俺の人気はとどまる所を知らないとはいえ、そんな人はまったく知らないと思う。

「異世界とか、過去とか未来から来たとか言う奴がいたら渡してやれって言われてね。ほら」
「…………ええ?」

 ふところから取り出されたのは、羊皮紙がいくつか丸まった物。
 ……異世界から来た奴がいたら渡してやれって言った錬金術士。
 まさか、いや、まさか、これに書かれてるのって。

「ぷに?」
「ん、ああ」

 頭に乗ってきたぷにが早く開けろと催促してきた。
 よし、御開帳……。

 どうやら反対から開けてしまったようで、目に入った最初の一文は送り手の名前だった。

『稀代の錬金術士アストリッド・ゼクセス』
 

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