早朝から、俺はトトリちゃんのアトリエで釜を使わせてもらっていた。

「そおいっ!」

 ポケットから取りだした異世界移動トラベルゲートを釜の中にシュゥゥート!

「超エキサイティング!」
「い、いいんですか?」

 後ろからトトリちゃんの不安げな声が聞こえてきた。
 確かに、これで俺は材料から集めないと帰れなくなったが。

「これが俺の覚悟だ……!」
「そ、そうなんですか」

 使えば帰れる状況だとコンビニ行ってくるみたいなノリで異世界を横断してしまう気がする。
 そして戻ってこようとしたら、今回アールズに来たみたいにトンチンカンな場所に出てしまうかもしれない。
 現代の娯楽や趣向品は俺の脆弱な精神を容易に崩壊させてしまうからな、これくらいやっておかねば。

「……退路は断ったぜ」

 コレで一切惑わされることなく、こっちの事に専念できるな。

「よし、それじゃあルーフェスさんとやらの所に行くか」
「はい」

 俺とトトリちゃんは上で寝ているメルル姫を起こさないように、静かにアトリエから出ていった。








 昨日とは違い、特に問題なく城の中へ入り、トトリちゃんについて行き執務室の前まで来た。

「それじゃあ俺は待ってるから先にメルルちゃんの事話して来て下さいな」
「? アカネさんも一緒に来ればいいんじゃないですか?」

 小さく首を横に傾けて疑問を口にするトトリちゃん。
 それに対して、俺は正面から目線を合わせて。

「ふっ、俺がいると話が進まなくなるぜ?」

 無駄にカッコつけてみた。

「た、確かに……」

 理解してもらえたようで、トトリちゃんは神妙な顔をして頷いた。
 そしてトトリちゃんを送り出して数分後……。

「暇だ」

 柱に寄りかかって向こう側の松明を見つめる遊びも限界がきていた。

「なるほど、コレは試練ってわけか」

 考えてみるとこっちに戻ってきてから、少し行動が自重気味だった気がする。
 ここではじけて過去の俺を取り戻すとしよう。

「昔の俺か……」

 ステルクさんに自転車でタックルしたりとか。
 突然叫んでみたりとか。
 失踪してみたりとか。

 頭の病院が必要かもしれない。

 心だけじゃなく体も十代だと恐ろしいなまったく。

「よし、大人しく架空の相手とじゃんけんでもしていよう」

 その名も妄想じゃんけん、想像の中の相手とじゃんけんをするという高尚な遊びだ。
 それじゃあ、相手は……。


…………
……

 目を閉じて脳内でじゃんけんをし続ける事百数回、全てに勝ってしまっている。
 バルタン星人では俺の相手には不足しているようだ。

「…………」
「アカネ様?」
「にゃ?」

 目を開くと、メイドもといケイナちゃんが俺の顔を見上げている姿が映った。
 俺はすかさず手を前に出して。

「じゃんけん!」
「え?」

 気の抜けた高い声をあげるケイナちゃんに少しだけ罪悪感を覚えてしまったが俺は止まらない。

「ほいっ!」

 反射的にケイナちゃんも手を出してくれて、その結果は。

「……ぬう」
「あの……」

 戸惑ったように俺の手と顔を交互に見るケイナちゃん。その視線の先にあるのは俺のグーとケイナちゃんのパー。

「……俺の勝ちだな」

 俺は勝ち誇った笑みを浮かべてケイナちゃんの事を見下した。

「え、えっと、その……」

 何かを言いたそうにしている、まだ俺が目上の人だと言う意識があるのだろう。もうちょっとフランクに接してもらいたい。
 そんな想いを込めて俺は口を開いた。

「俺のグーは、パーを貫通するんだ」
「ええっ!?」

 少し大きな声を出して驚かれた、そうそう、そういうリアクションでいいんですよ。

「そしてグーはグーを粉砕する」
「ひ、酷いですよそんなのは……」
「ええ、でもトトリちゃんがいつも言ってるし……」
「ト、トトリ様がですか!?」

 ケイナちゃんは目を見開いて驚いた。
 うん、俺もトトリちゃんがそんな事言ったら驚くよ。

「そうそう、アーランドにいた頃のトトリちゃんの座右の銘は『勝てばいいのよ勝てば』だったからな」
「そ、そんな、嘘ですよね……?」

 不安そうな顔つきで俺を見上げるケイナちゃんに、俺は意気揚々と。

「うん」

 頷いた。

「…………」

 ケイナちゃんは数秒の間ポカンとした顔のままフリーズしてしまった。
 そして解凍するやいなや。

「アカネ様、そういう嘘はいけませんよ」

 少し強い、本当にほんの少しだけ強い口調で咎めるようにそう言うケイナちゃん。
 どうやら俺がお客様ポジションを抜け出すにはまだ時間が必要なようだ。
 ここは大人しく交友を深めるとしよう。

「おーけー。嘘は言わないから、もう一回」
「え、あ、はい」

 じゃんけん、ほいっと手を出すと。
 そこには俺のチョキとケイナちゃんのグーが。

「……も、もう一回だ」
「は、はい」

 ほい、ほい、ほい、ほい、ほい。
 五回連続でじゃんけんを繰り返す。
 そして負けた負けた負けた負けた――負けたああぁぁっ!

 現実を受け止めきれず、俺はさらに五回繰り返し。五回負けた。
 眼前には俺のチョキとケイナちゃんのグーが。

「バカな――!」
「す、すみません」

 謝らないでくれ、惨めな気持ちになる。
 きっとこの子は幸運にA+とかの補正が掛っているに違いない。
 そう考えないと俺はじゃんけんでバルタン星人にしか勝てない男になってしまう。

「アカネさん、お話終わりましたよ」

 そして後ろの方の扉から出てくるトトリちゃん、クッ、タイムリミットか。

「仕方ない。ケイナちゃん、じゃんけんマスターの称号は君のモノだ」
「あ、ありがとうございます?」
「…………最後にもう一回だけ」

 じゃんけん、ぽん。

「……俺のグーはパーを貫通」
「しませんよ?」

 頬笑みまじりにそんなこと言われたら言い返せません。







「失礼しまーす」

 トトリちゃんを伴って執務室に入ると、窓の前に置かれた大きな仕事机に鋭い雰囲気を持った人が座っていた。
 この目の鋭さはステルクさんに匹敵するかもしれない。
 俺が机の前まで着くと彼は立ちあがって。

「お初お目にかかります。私、アールズ王国の政務官を任されております、ルーフェス・フォールケンと申します」

 そう言い終わると、恭しく一礼をするルーフェスさん。
 瞬間的に理解した。これは、敬わなくてはいけないタイプの年上の方だ。

「ど、どうも。アーランドで錬金術士やってましたアカネと言います」
「ええ、ご高名はかねがね承っております」
「ごこっ――!?」

 ご高名!? GOKOUMEI!?
 それってご高名(ぷに)ってことじゃなくて!?

「ご、ごご、ご高名ですか?」

 俺に似つかわしくない言葉だ。ほら、何かじんましんとか出てきそうだもん。

「ええ、大変優秀な冒険者であり錬金術士であると伺っております」

 ひぃっ!?
 一体何が起こったと言うんだ。
 アーランド→中継地点→アールズとしたら、中継地点で俺の話が大変なほどに捻じ曲げられたのか!?

「そ、そんなことないですから! 俺なんてただの頭の悪い子ですから!」
「ご謙遜なさらずとも、数多くの依頼をこなしギルドに対して大きく貢献したと聞き及んでおります」
「…………」

 それは俺の相棒ですと言いたいが、俺も調合依頼は確かに結構受けていた。
 だけどそれは借金があるから仕方なくやってたわけで、俺がスゴイ真面目な人間みたいな言い方をされると……。

「アカネさん大丈夫ですか? 顔赤いですよ?」

 照れてしまう。

「本題! 本題に入りましょう!」

 手をパンパンと叩いてそう言い放つ。
 明らかに俺よりも格上の方に敬われているというこの空気が居た堪れない。早々に終わらせよう。

「実は俺はこの国で錬金術士として活動させていただきたいんですよ」
「え? そうなんですか?」

 そういえば詳しくはトトリちゃんにまだ話していなかったか。
 とりあえず視線でイエスと答えておこう。

「成る程、それは願ってもない話ですが……本当によろしいので?」
「よろしいです、国の発展に協力したいですし、こっちにはトトリちゃんもいますし」
「わたしがですか?」
「うむ、おそらくトトリちゃんを追って知り合い面子は集まってくるだろうからな」

 第一にミミちゃん、次点で師匠、師匠が来ればステルクさん、さらにステルクさんを追って後輩君ことジーノ君。
 トトリちゃんがいれば皆が集まる法則だ。

「それで、いいですしょうか?」

 ――やばい噛んだ。
 それもこれもこの場の、もといルーフェスさんの帯びた鉄の様に冷たい空気が悪い。

「もちろんです。アールズ王国はアカネ様を喜んで受け入れさせていただきます」

 スルーしてくれた!
 冷たそうな人だと思ったけど、意外と優しい人だとわかりました。
 いや! 今のはルーフェスさんの人柄を見極めるために、わざと! わざと噛んだんだ!
 これがアカネ流の人物測定方法のさ!

「それではアトリエに関してですが、何かご希望はございますでしょうか?」
「ええっと、そうですね…………」

 ん?

「――――んん!?」

 ご希望はございますでしょうか?
 待つんだ。この質問の意図を考えよう。

 希望を言った場合→ではそのように造らせていただきます。
 言わなかった場合→ではこのように造らせていただきます。

「…………」

 思わず息を飲んでしまった。

「そ、そそ、それはまさかそちらでアトリエを用意するとかそういう話ですますでありましょうか?」
「そうですが? 国の発展にご協力いただけると言うのなら当然の事です」

 ああ、そう言えばさっきそんな感じの理由を言いましたね。
 スゴイ、国ってスゴイな。
 まさか俺一人のためにアトリエをこさえてくれるとは。
 俺としては適当に依頼をもらいながら、トトリちゃんのアトリエに入り浸るつもりだったと言うのに。

「そ、そういうことなら……」

 ど、どのレベルまでなら許されるんだろう?
 2LDKくらいだろうか? いや、でも人の金を使って用意されるんだしあんまり大層な要望を出すと引かれそうだよな。

 ……仕方ない、ここは伝家の宝刀を抜かせてもらうとしよう。

「キッチンだけ取りつけといてもらえるなら、大体は今のトトリちゃんのアトリエと同じような内装でいいですよ」

 本来なら初めて入った飲食店で使われる秘奥義。
 その名も『隣の人と同じのお願いします』

「左様ですか。ではそのようにさせていただきます」
「お、お願いします」

 これで俺はアールズ王国の雇われ錬金術士になったという事か。
 やったよ父さん、俺就職が決まったよ!
 コンビニアルバイターから王国の錬金術士にクラスチェンジしたよ!

「それじゃあアトリエができたらバリバリ働かせていただきます!」

 依頼をこなして報酬をもらう日々がまた始まるぜ!


「ええ、よろしくお願い致します」

 それにしてもこの人はまったく表情が変わらない、さらには声も抑揚がない……仕事人って奴だな。

「あ、それからアーランドのギルドに手紙を送ってもらえたりしますか?」
「構いませんが、どのような内容で?」
「えっと、クーデリアさんに俺がこっちにいる話と相棒をこっちに送ってもらうように……って感じでお願いします」

 はたして俺の相棒はこちらで受け入れてもらえるのか……でもあいつがいないと材料集めるのも大変なことになるから来てもらわないと困る。

「承りました。ではそのように」
「はい、それじゃあ失礼します」
「失礼します」

 俺に続く形でトトリちゃんも執務室を後にした。
 部屋から出て、俺は盛大に息を吐いた。

「はあ……疲れた」

 まさか俺がアトリエを自分で持つなんて話になるとは……気分が高揚する点もあるけど、責任という単語が否応なしに圧し掛かってくるな。

 ……うん、頑張ろう。


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