城からの帰り道、坂を下っていく最中、俺は完全に浮かれていた。

「アトリエ、アトリエかあ……」

 一国一城の主になる気分だ。責任やら諸々があるだろうが、このアカネ、ついにアトリエを手に入れることとなった。

「こっから、弟子とかもとったりして……な!」
「アカネさん楽しそうですね」
「そりゃあなあ」

 将来的にこの俺が先生とか、師匠とか呼ばれる訳だ。
 そしてここがわかりませんとか言われて、そして知的に素敵に華麗に教える!

「まずはアカネチルドレン第一号となる逸材を見つけなければな」
「アカネさんの弟子になれる人ですか……」

 トトリちゃんが頬に手を当て視線を逸らした、誰かいないかと思いだしているのだろうが、実はもう当てはある。

「ピアニャちゃんを呼ぼうと思う」
「え? ピアニャちゃんをですか?」
「うむ、錬金術の才能あるし、俺の事をよく分かっていてくれるしな」

 俺が唐突にワンと鳴いたとして、我が義妹ならニャーと返してくれる。そのくらいには理解していてくれている。

「あー、それはちょっと……」

 言いづらそうに溜めを作るトトリちゃん。

「何かダメだったか?」
「えっと、お姉ちゃんが……」
「…………ああ」

 理解した。
 確かにあの妹大好きお姉ちゃんが、こうやって異国にトトリちゃんを送り出すのを認めさせるだけで、とれだけの労力が必要だったかは想像に難くない。

「たぶんピアニャちゃんがいなかったら、わたしココに来れてないかもしれませんでしたから」
「だろうなあ。もしもピアニャちゃんまで取り上げようものなら……」
「自分もこっちに住むとか言いだしちゃいますよ」
「うむ」

 ヘルモルト家の平和のためにも妹を弟子にする案は廃するとしよう。
 となると、弟子をどうするかがまた問題になるな。

「街中でスカウトアタックをしかけるしかないか」
「あんまり変な事しないでくださいね?」

 なんで変な事をする前提なのかを聞きたいが、俺はトトリちゃんの口からその理由を聞けるほど強い心を持っていない。

「まあ、国が発展すれば人も増えるだろうし、アカネ様の弟子になりたいって向こうから来る可能性が無きにしもあらず」
「確かにそうかもしれないですね」
「ああ、噂だけなら俺も仕事のできるクールガイみたいだからな」

 ただ、できることなら一生俺に関わらないでその理想のイメージを崩さないでほしいです。

「いっそメルル姫を俺の弟子に……」
「ダメですよ?」
「……はい」

 笑顔がちょっぴり怖かった。




…………
……



 坂を下り、職人通りを抜けて、木々が並ぶ通りまで来たところで、俺は思いだした。
 早々に仕事しないと今日の晩も紐生活になってしまう。

 由々しき事態だ。

「トトリちゃん、こっちにアーランドのギルド出張してきてたりしないか?」
「あ、来てますよ。わたしがこっちに来る時にフィリーさんも誘ったんです」
「フィ、フィリーちゃんだと」

 その瞬間、頭に浮かんだのはメルル姫とケイナちゃん。
 大変だ。あの腐り系女子の格好の獲物じゃないか。メイドと姫だよ。妄想大爆発しちゃうよ。

「そ、そうか。それなら挨拶しに行かないとな」

 そして釘を刺そう。こっちではキレイに生きなさいと。

「それならそこのお店にたぶんいると思いますよ」

 トトリちゃんの指差す先には酒場と思わしき、というか酒場があった。
 人見知りが少しは緩和されたとはいえ、あんな人の賑わう場所にいるのか。
 ……大丈夫か?

「そんじゃあ、俺はフィリーちゃんに会いに行ってくるよ」

 そして仕事ももらおう。

「はい、それじゃあわたしはアトリエに戻りますね」
「おう」

 トトリちゃんと別れ、俺は早速酒場の前まで行き。
 質素な木製の扉を押し開いた。
 ゲラルドさんの店よりも一回りほど小さい内装で、朝早くと言う事もあるのか中は閑散としていた。

「む、誰もいない?」

 カウンターの方に目をやるも、誰もいなかった。
 見たところL字型の造りになっているようだから、死角に誰かしらいるかもしれないが。
 もしくはカウンターの内側に隠れている可能性が……。

「フィリーちゃん、いないのかー?」

 声を上げながら二、三歩進むと。

「あ、アカネさん!?」

 いた。角に隠れてたよこの子。

「うむ。お久しぶりです」
「か、帰って来てたんですね、よ、よかったあ」

 ほっと息を吐き出すフィリーちゃん。
 やはり寂しぼ症候群にかかっていたのだろうか。

「しかしあの人見知りだったフィリーちゃんが、こんな所まで来るとはなあ」

 感慨深い、アカネさんちょっと感動しちゃったぜ。

「わ、私だって成長してるんですよ? ……ちょっと帰りたくなってましたけど」

 おい、ぼそぼそ喋ったつもりだろうけど後半聞こえてるぞ。

「そ、そう言えばアカネさんこそ、どうしてアールズに?」
「ん? ふふん」

 思わず得意げな感じで笑ってしまった。
 俺は咳払いを一つして、おもむろに喋り出す。

「なんと、俺はアールズ王国の発展のためにしばらく錬金術士としてここで働くのだ!」
「え? あ、アカネさんがですか? だってアカネさんって言ったら…………ああ」
「待て、今何を納得した」

 ご丁寧に手をポンと叩きおって。

「えっと、アカネさんの爆弾は色々役に立つのかなあって」
「む……」

 なるほど、アカネ謹製の爆弾が工事やらなんやらに役立つというわけか。
 そして、ルーフェスさんあたりが。

『素晴らしいお手並みです。流石は音に聞いたアカネ様の卓越した技術は……』

「ひい!?」

 途中まで想像しただけで鳥肌が立ってしまった。

「フィリーちゃん、ちょっと俺の事貶してみてくれ」
「あ、アカネさん……少し見ない間にそんな趣味が――」
「ありません!」

 まったく、これがクーデリアさんあたりなら一呼吸着かぬ間に罵りと嘲りの言葉をよこしてくるというのに。
 所詮はフィリーちゃん。ツッコミ役でしかなかったということか。

「って、こんな無駄な時間を過ごし手に来たわけじゃない!」
「む、無駄って酷い様な……」
「仕事しに来たんだよ仕事」

 何があろうと、またトトリちゃんからお金を貸してもらうなんていう事はあってはならない。
 気にしてませんよって感じの笑顔で、お金を手渡されると無性に心が痛む。自分が情けなくなる……。

「お金がほしいんです……」
「も、もしかして無一文なんですか?」
「いや、ゼロ以下、つまりはマイナスだ」

 『アカネ、アールズの新生活――マイナスからのスタート――』
 将来自伝を出すならこんなタイトルになると思う。

「一日で終わってかつ錬金術使わなくて良くて、かつ楽な仕事を……」
「い、いや、ありませんから」
「だよなあ」

 相棒さえいれば、ペチン(残虐表現)ですぐにモンスターを討伐できるというのに。

「アトリエができるまで食いつなげればいいんだ、それだけで……」
「トトリちゃんの所に泊ればいいんじゃないですか?」
「いや、あそこには今、メルル姫がいるからな」

 あ、そうだ。
 ついでにフィリーちゃんに失礼のないように言っておくんだった。

「なあフィ――」
「お姫様! さすがですアカネさん! もうお姫様と知り合いなんですね!」

 はしゃがないでください!
 というかさすがって何ですか。

「やっぱり可愛い人なんですか!」
「ん、まあ、そう……だな」

 よくよく考えてみればお姫様で可愛いって最強じゃないかあの子。
 あれで性格が深窓のお嬢様タイプならパーフェクトだったかもしれない。

「ちなみにメイドの子も可愛いぜ?」
「本当ですか! メイドとお姫様……禁断の恋……!」
「しかし! 突如現れるトトリちゃん! お姫様は錬金術に興味津津!」
「そして徐々に離れる二人の距離……」
「もう主従関係なんて気にしていられない、わたし、全ての想いをあなたにぶつけます!」
「「うへへへ」」

 不気味に笑いあう二人。
 あれ? 何か間違ってないか俺。

「あ、あの〜」

 突然開く扉、俺はおもむろに振りかえり。

「あん? 今いいところ、って……にゃ!?」

 後ろを振り向くとそこには今話題沸騰のお姫様、ことメルル姫の姿が。やべえ!

「な、何故ここに!?」

 おそらく城に向かっている途中のはず、なんでこんな場所に寄り道を!?

「何か騒ぎ声が聞こえて、何してるのかな〜って気になっちゃいまして」
「な、なるほど」

 よかった。おそらく内容までは聞かれていないようだ。
 メルル姫が相当に優しい子で、何も聞いていないふりをしている可能性もあるが。

「アカネさん、もしかしてこの子が?」
「うむ、メルルシャンプー・アールズちゃんだ」
「メルルリンスですってば!」

 そうやって必死になればなるほど、俺は思わずからかいたくなってしまうんです。

「ああそうだ。フィリーちゃん、相手は姫様なんだから、失礼な事はするなよ」
「え? あ、は、はい?」

 釈然としない顔で頷くフィリーちゃん。
 言いたい事があるならはっきりと言った方がいいこともある。

「そしてメルル姫、こっちが俺の友達兼ギルドから派遣されてきたフィリー……フィリー・ナンチャラーだ」
「アカネさん、エアハルトですから」

 怒られた。

「えっと、フィリーさんですか? はじめまして」
「あ、うん。はじめまして、よろしくねメルルちゃん」

 ふ、俺の活躍もあって二人ともいい感じに仲良くなれそうだな。
 俺の活躍もあって!

「あ!」
「ん?」
「わ、私アカネさんにつられて普通にため口使っちゃったけど、い、いいのかな?」

 今更すぎるだろう。というかそれで怒る子だったら、俺なんて極刑ですよ。

「いいに決まってるじゃないですか、アカネさんの友達ならわたしの友達ですから」

 あれ? 俺っていつの間にメルル姫の友達になってたんだっけ?
 いや、いいんだけど、一回り違う子から普通に友達認定されると変な気分です。

「お、お姫様と友達、す、すごい! アカネさん、私なんか凄くないですか!?」
「それ言ったら俺だってスゴイだろうに」
「将来は社交界にデビューしたりするかもしれないんですよ!?」
「…………俺も紳士として本気を出す日が来るのか」

 俺のあまりに上品な立ち振る舞いに上流階級の物静かなお嬢様が俺に一目ぼれをして、そしてめくるめく逢瀬の日々。
 しかし結婚は反対されて……。

「舞踏会とかでどこかの王子様に見初められちゃって、でも結婚は許されなくて……」

 フィリーちゃんがありえない事をぶつぶつと呟いていた。
 何言ってんだこの子は。
 そんな妄想して恥ずかしくないのかね、まったく。

「あ、あのー、フィリーさん?」
「あ、ごめんなさい。ちょっと乙女の嗜みがもれだしちゃって……」

 乙女の嗜みと言うには少し毒々しいというか、生々しいというべき趣味だろうに。

「と、とにかく私ここでギルドの準備を進めてるから、用があったらいつでも来てね」
「はい、それじゃあ、わたしお城に行かなくちゃいけないから失礼しますね」
「あいよ、頑張ってこいよ」
「はい!」

 元気よく返事をしたメルルちゃんは勢いよくお店を飛び出して行った。
 快活な子だな、本当に。

「で、仕事できないの?」

 準備中とか今言ってたような気がした。気のせいだと思いたい。

「は、はい。数日だけ待ってもらえれば、なんとか……」
「数日……」

 数日だと、それって完全に紐街道まっしぐらじゃないですか。
 こうなれば仕方ないか。

「フィリーちゃん、今俺は君から仕事をもらった」
「え?」
「だから、俺が街の外で野宿していても何にもおかしくない」

 わかったな? と言葉にせず目で伝えた。
 するとフィリーちゃんは一つ頷いて。

「あの……」
「うん?」
「お城に客室とか余ってるんじゃないかなって、思うんですけど」
「…………んな、都合のいいことあるわけが……」

 そう言いながら、俺は店の外に出て、城に向かった。

 あった。

 やはり俺はBAKAだった。
 ルーフェスさんの淡々とした対応が逆にありがたかったです。


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