新しい朝が来たので城を発ち、アトリエへ。
 昨晩は凄かった。ダブルベッド級の大きなベッドにふっかふかの布団、田舎とはいえやはり城の客間は違かった。
 きっとメルル姫辺りは、あの金持ち御用達の天蓋ベットとやらで寝ているに違いない。

「げへへ、メルル姫様とは是非とも仲良くしたいですなあ」

 …………。

「うーん」

 右左と見てみるが、木やら草やら羽虫やら、人が少ない。
 ひいては、ツッコミがない。寂しい。

「へへん、もうトトリちゃんの所に着くから寂しくないし」

 意味もなく強がってみたりしながら、アトリエの扉に手をかけて。

「おはよう諸君!」

 何も考えずにノックなしで開け放つ、するとそこには――。

「にゃ?」
「へ?」

 両腕を上げているメルル姫の後ろで、まさに今、ケイナちゃんが姫のコルセットを外そうとしていました。
 なるほどなるほど、お着替え中でしたか。

「……ごゆっくり」

 俺は愛想笑いをしながらゆっくりと扉を閉める。
 危ない危ない、あと少し遅かったら斬首は免れない事になっていた。
 この年になってラッキースケベイベントの片鱗を見る事になるなんて、人生何が起きるか分からんな。

「アカネさん、入っていいですよ」
「あいよ」

 トトリちゃんのお許しが出たので扉を開ける。
 するとそこには呆れ顔のトトリちゃんとメルルちゃん、そしてちょっと怒っているような、そうでもないようなケイナちゃんが。

「悪いとは思っている、反省もしている。けどたぶん次もノックはしない」

 堂々と言い切る、やはりアカネさんは格が違う! 漢らしいぜ!

「アカネ様」
「は、はい」

 ケイナちゃんに名前を呼ばれるだけで心臓が飛び上がるかと思った。やっぱりチキンだった。

「アカネ様、女性の住んでいる所にノックもなしにはいるのはどうかと思います」
「…………」

 思わずごくりと息をのんだ。
 まったくつけ入る隙のない正論だった。

「ま、まあまあケイナ、アカネさんも悪気があったわけじゃないと思うし、許してあげてもいいんじゃないかな?」
「よくありません! メルルはもっと危機感を持ってください」
「そうだそうだ!」

 囃したててみた。

「アカネ様!」
「す、すみません」

 視線を逸らしながら、小さく謝る。
 情けない大人だと、笑うなら笑うがいいさ。

「スゴイですねアカネさんって、ケイナがあんな風に怒るの珍しいですよ」
「うん、アカネさんだしね。あとメルルちゃんの事だったからかな?」

 ケイナちゃんを除く二人がぼそぼそと話していた。
 と言うか聞こえてます。

「お、怒ってません」
「ええ〜、怒ってるよー」

 慌てて訂正するケイナちゃんにちょっと唇を尖らせてさらに訂正するメルル姫。
 よし、怒りの矛先よ、明後日の方向へ飛んで行って下さい。

「私はただ、一般的な常識をですね」
「ケイナちゃん……俺は常識なんて狭い型に押し込まれたくないんだ」

 顔に手を当てどこか陰を持たせたような、低いトーンで語りかける。

「そうそう、アカネさんがああいう風に急に暗くなるのは何かを誤魔化す時だからね」
「ぶっ!?」

 思わず噴き出した。ちょっと待ってください!

「い、異議あり! 物的な証拠を要求する!」

 右の人差し指を大きく突き出して抗議する。
 気分はニャルホド君だ。

「その態度が何よりの証拠です!」
「ぐぬぅ……」

 言い返せない。
 そうか、確かにいつも俺は誤魔化す時にはこんな感じだった気がする……。

「誤魔化そうとしていたんですか?」

 ケイナちゃんにどこか非難するような目で見上げられる。
 そんな俺の口から出た言葉と言えば。

「ちゃうねん」

 自白に限りなく近い否定の言葉だった。

「……わかりました。次からは気をつけてくださいね」
「はーい!」

 無駄に勢いと元気の良い返事、信頼性は高い、たぶん。

「あ、そうだ。折角だしアカネさんも一緒に今日出かけませんか?」
「うむ?」

 姫様からの誘いとあらば断る理由はないが。

「どこに?」
「街からすぐそこにある、モヨリの森ってところにパイを届けに行くんです!」
「…………」

 ここまで名前付けにやる気を感じないのは初めてだ。
 チカバの森とか、もっと言えばスグソコの森とか、何でもいけるじゃないか。

「ま、まあいいや。行かせていただきましょう」
「やったあ! アカネさんが来てくれるなら安心ですね!」

 バンザイをして喜ぶメルル姫、なんでこんな期待されているのでしょうか。

「トトリちゃん、俺の事なんか言った?」
「い、いえ、特に何も」
「ルーフェスに聞いたんですよ、アカネさんは凄腕の冒険者だって」
「お、おう。その通りだぜ」

 年下とか後輩とかの期待と尊敬には答えたい、それが俺だ。
 大抵はうまくいかないが。

「え、でも戦闘はアカネさんって言うより……」
「おっほん! 何、そこらの雑魚程度ちぎっては投げ、相手にならんよ」

 トトリちゃんの言葉を遮って、任せろと言わんばかりの視線を姫とメイドに浴びせる。自分からどんどんハードルを高くしてしまう、誰か助けてください。

「あともう一人、ライアス君って言うわたしたちの幼馴染も来るんですけど」
「呼んだか?」

 少し驚いてピクリと肩が跳ね上がった。
 後ろを振り向くと、開けっぱなしだったドアに手をかけている好青年、というかイケメン、いや、どっかで見た様な顔が……。

「はっ!?」

 この整った顔ながらどこか幸の薄そうな相! こいつはあの門番君じゃないか!

「ライアス君、丁度いいところに!」

 後ろでメルル姫の明るい声が聞こえるが、俺の心はどんよりと暗い。
 軽はずみな行動は将来に軋轢を生み出すな。因果応報とはまさにこの事だ。

「ん? あんたは……」

 ばっちり目があって、そして瞬時に気付かれた。
 もはや、隠すことはできそうにない。

「あれ? ライアス君、アカネさんの事知ってるの?」
「ああ、こないだ城に来た時にな、確かアーランドのギルドマスターの秘書の……」

 あん!? 知らねえよ、そんなもん!
 そう言えたなら、俺の人生は結構楽なものだったと思う。

「へ!? アカネさんってそんな偉い感じの人だったんですか!?」
「え、えっと、そんな事はなかったような……」

 メルル姫の驚愕の視線やら、トトリちゃんからの疑惑の視線やら、皆の目が俺に集まった。
 俺の精神的な焦りはピークに達した。

「し……」
「し?」

 メルル姫が言葉を反復したのに合わせ、俺は言葉をつづけた。

「城の中を見てみたいなあ、とか思って……ね?」

 全ての人から目を逸らし、俺はギリギリ言い切った。

「そ、そんなことのためにわざわざ嘘を……!?」
「ま、まあアカネさんだし……」

 ありがとういつも頭の悪い事をしていた過去の俺。
 おかげで自然と受け入れられた。でも、もともとはお前が悪いんだ、絶対に許さない。

「いやいや、んじゃあ何なんだよこいつは!」

 どうやら彼の中で俺の扱いは『こいつ』にランクダウンしたようだ。致し方がなし。

「アカネさんは、アーランドで錬金術士やってる人で、えっと……トトリ先生の弟弟子さん、でしたっけ?」
「うむ」

 しかし、今になって思ってみるとこの肩書名乗れば普通に通してもらえたよな。
 まあ、あの時はまさかご高名なんて単語が出るとは想像もしていなかったから仕方がない。

「まあ、改めてよろしくお願いします」
「は、はあ、どうも」

 握手を求めると、釈然としない表情ながらも応じてくれた。

「よし、平和が戻った所で気分を変えて冒険に出発だ!」
「そうですね! 行きましょう!」

 メルル姫は大変にノリがよろしい方でありがたいです。

「あ、待ってくださいアカネさん」
「うん?」

 いざ行かんとしたところでトトリちゃんに引きとめられた。

「あの、アカネさん、武器とか持ってないですよね?」
「いや、そんなことはない」

 腰のウェストポーチに、俺は決して夢と希望だけを詰め込んでいるわけではない。
 ゴースト手袋もフラムも、何一つとしてないが。

「見るがよい!」

 中から取り出したるは全長22センチほどの、黒色の物体。

「じゅ、銃ですか?」
「わあ、初めて見た、これが銃ですか」

 全体が俺のイメージカラーの黒で塗装され、金属質の光沢で鈍く光る黒金の拳銃。
 メルル姫が興味津津と言った様子で俺の手に握られた、銃を覗き込んだ。
 俺はその額に銃口を押しつけて。

「へ? な、何を?」
「言い訳はあの世で聞く」

 引き金を引いた。

「ひゃ!? 冷たい!?」
「銃身からグリップにいたるまでフルメタルですが、これは実は水鉄砲です」

 現代娯楽に心を汚染された俺はこっちに来る前に考えた。
 時代は格闘よりも銃撃戦だろうと、かといってガスガンやらエアガンやらは持ち合わせていない。
 なので、そういった物に詳しい友人からこれを賜ったのだ。

「これなら素人でも人を傷つけないとか」
「あの、アカネさん。それで戦うんですか?」

 ケイナちゃんにタオルで顔を拭かれながら、メルルちゃんは尋ねてきた。

「最悪の場合、肉弾戦にシフトしよう」

 はやめに本物を調達したいです。

「な、なあ、本当に大丈夫なのかこの人?」

 ライアス君が小さくメルル姫に耳打ちしたが、聞こえてしまった。

「大丈夫に決まってるよ、今はふざけてるだけで、本当は歴戦の冒険者さんなんだから」
「だといいんだけどなあ」

 疑わしい視線が突き刺さる。
 かといって、何も言えないです。

「何、百聞は一見に如かずだ! さあさあ、時間が惜しいからもう出ようぜ!」

 ここは俺の戦闘力を早々に見せつけて度肝を抜いてやろう。
 街の近場なら大したモンスターも出ないだろうし、きっといけるはずだ。

「それじゃあ行ってきますねトトリ先生!」
「うん、いってらっしゃい気をつけてね」
「はい!」

 飛び出すメルル姫とそれを追う二人、そして俺はというと。

「なあ、トトリちゃん。一本くらいフラムとかもらえたり……」
「アカネさん……」
「い、いや! 冗談、冗談! い、いってきまーす!」

 後ろ暗く情けない交渉に失敗してから、三人を追いかけた。


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