「…………」

 俺は考えていた。
 先導するアールズ三人組の中の一人、ライアス君、もっと言えばその右腕。

「…………」

 銀の手甲と一体になった銃身、それとなく聞いてみたところ、炸薬の爆発の力で杭を打ちだす武器だそうだ。パイルバンカーだよなそれ、バイルバンカーじゃないか、パイルバンカーだよ!
 カッコよすぎるだろ、俺が拳と足を振りまわしてた時にあっちはパイルバンカーだよ。
 俺のフラムと格闘技を合わせた様な武器じゃないか、完全にアーランド時代の俺の上位互換だ。銃にコンバートしておいてよかったぜ。

「…………負けた気がする」

 顔良し武器良し、おまけに美人の幼馴染が二人。
 我が後輩、ジーノ君ですら顔良し、美人の幼馴染は一人だったというのに。

 クソ、なんと羨ましい、もとい妬ましい奴だ。
 不幸になればいいのに。

「ぬわっ!?」
「わあ!? ライアス君!?」

 その俺の祈りが届いたのか、彼の頭上にウニが落下した。
 思わず笑顔になってしまった。

「相変わらずライアス君は不幸というか……」
「お、俺は別に不幸じゃねえ! 偶然だ偶然、怪我も大した事ないし、早く行くぞ」

 そう言って何も気にしていない風に歩き出すライアス君。
 なるほど、彼は生まれで運を使い果たしてしまったと言う事か。
 少しだけ彼に対して優しくなれる気がした。


 その後は特に問題という問題もなく、最寄りの、モヨリの森に到着した。
 メルル姫が兵士さんを見つけて駆け寄ると、兵士さんは慌てたように声を上げた。

「ひ、姫様!? どうしてこのような場所に……!?」
「お腹がすいてるって聞いたからね。はいこれ、錬金術でつくったパイだよ。これ食べて元気になってね!」

 お腹がすいていると姫がパイを作って持ってきてくれるとは、良い時代になったもんだ。

「おお、うまそうなパイだ! ありがとうございます姫様! これでまたバリバリ働けます!」

 そんなやり取りを傍目に、俺はしゃがんで錬金術の材料を集めていた。
 しかし、どこを探してもあるのは。

「雑草レベル、ゴミ、店で買った方がマシ!」

 何これ、国を挙げて雑草の養殖でもしているのかというレベルだ。酷過ぎる。
 ここで材料を集めて錬金術で何か作って依頼を達成して、やっと紐生活からおさらばできると思ったら……。

「おい兵士A!」
「は、はい! なんでしょうか!」

 肩をいからせて近づいた、怒っています。俺は。

「なんで雑草しかないんだこの森は!」
「そ、それはその……じつは今この森ではプレイン草が大繁殖していて、役に立つ植物が全然取れなくなってしまっていて……」
「なるほど」

 俺は大仰に頷いた。

「そうなんだ、アカネさん。どうすればいいかわかりますか?」
「当り前だ、俺を誰だと思っている?」

 軽く流し目を送ると、メルル姫の尊敬に満ちた眼差しが帰ってくる。
 俺は良い気分のままに口を開いた。

「草が生えているなら抜けばいい!」

 現実的に考えて百点、錬金術士的に考えて零点の解答だと思った。

「しかし人手も足りないですし……」
「それじゃあわたし達が手伝うよ!」

 ノータイムでこの回答を出せるメルル姫は開拓者の鏡だな。

「ひ、姫様にそのような事をさせる訳には!」
「いいのいいの、それが今のわたし達の仕事なんだから、よーし頑張るぞー!」

 言うが早く、メルル姫は森の奥へと駆けだしてしまった。
 護衛役のライアス君は当然、ケイナちゃんも兵士さんに一礼してから姫様を追い掛けて、俺はというと。

「は、入らない!?」

 摘んだ腕一杯のプレイン草をウェストポーチに入れようと奮闘していた。
 考えてみると、昔はポーチがコンテナに直通だったが、今のポーチはただの一九八〇円のお買い得品だった。
 俺はカゴに積んでもらうためにメルル姫を追い掛けた。








 俺は呆然と見ていた。

「喰らえ!」

 人参を持った兎さんのモンスターが出現して戦闘態勢に入った。
 そしてライアス君が先陣を切った。
 パイルバンカーで二体を一発で串刺しにした。
 俺の出番はなかった。全ては過去系だ。
 いや、いや違う! これは彼らの成長のためにあえて見ていたにすぎない!
 俺がレベル40としたら彼らなんて平均3くらいがいいところだろうしな、うん。

「はっはっは、なかなかやるなライアス君」

 精一杯の先輩風だった。

「まあこれでも昔から鍛えてるからな、こんくらい軽いさ」
「うん、見違えたね! 昔なんてライアス君わたしと喧嘩して負けて泣いてたのに」
「そ、そんなことあったか?」

 若干の動揺が見られらた。これはありましたと言っているようなものです。

「うん、それでルーフェスに泣きついたら姫様に手をあげるとは何事だって怒られて泣いて、それをケイナに慰められてまた泣いて」
「う、うっさいな! 全部お前の勘違いだ勘違い! 口じゃなくて手を動かせ! 日が暮れちまうぞ!」
「そ、そうだった!」

 逃げるように作業に戻るライアス君。
 意外と悲惨な幼少期だったのかも知れない。

「…………」

 一方で俺とケイナちゃんは黙々と刈っていた。
 あくまで俺の私見だが、ケイナちゃんはお花で冠とか作っている方が似合うと思う。
 むしろそうしてほしい、それを見ているだけで元気になれる気がする。

「――ん?」

 なんとなく様子を見ていたケイナちゃんに突如陰が降りた。
 地面が隆起してできた段差、その上には一匹の狼が鋭い目でケイナちゃんを狙って。

「ケイナ!」
「へっ?」

 メルル姫が声をかけて、ケイナちゃんが上を向いたその時には狼が彼女目がけて飛び込んで。

「させるか!」

 さしもの俺と言えど、ここで何もできないほど愚図ではない。
 素早く飛び込み地面を強く蹴って、対空必殺夏塩蹴りをお見舞いする。
 着地して奴を見ると、段差の上まで飛んで行ったようで、よろよろと森の奥へと消えていった。

「あってよかった夏塩蹴り」

 うんうんと頷く、ついにこの技が日の目を見る日が来た。素晴らしい事だな。

「大丈夫かケイナちゃん」
「あ、はい。ありがとうございます」

 ポカンとして顔のケイナちゃんの手をとって立ち上がらせる。
 するとメルル姫が近づいてきて心配そうに顔を覗き込んだ。

「ケイナ大丈夫?」
「はい、アカネ様が助けてくれましたから」
「そっか、アカネさんありがとうございます」
「うむ」

 視線がむず痒いので目を逸らしてしまう。
 なんなんだこの空気は。

「胡散臭いと思ってたけど、歴戦の冒険者ってのは嘘じゃなかったみたいだな」
「うん! すごかったよね、こうバシュ! っていってスパン! って!」
「はい、私も驚きました」

 え、マジで何この雰囲気。
 尊敬尊敬、さらに尊敬みたいなこの状態。

「――――!」

 そうか! 今の俺は上り坂ってことだ!
 国仕えして自分のアトリエを持って、さらに今のコレ!
 何をしてもプラスに働く、そんな人生の好況期。

「ま、まあこれが俺の役目だからな、当然の事をしたまでだ」

 露骨に謙虚さをアピールしていく、ちょっといやらしい発言だとは思いました。

「やっぱり本職の人は違うなあ、わたしなんて目の前の事で手いっぱいだったのに、ちゃんと周りに目を向けて」
「気にするな、そのために俺がいるんだからな」

 すみません、本当はお花で冠作るケイナちゃんを妄想してました。
 しかし、この妄想さえも結果プラスに働いた、やはり今の俺は上り坂という事か。

「クックック、いざって時は俺に全部任せとけってことだ!」

 しかし俺は知っている、盛者必衰、特に俺の場合落とし穴はすぐに現れる。
 そして尊敬が反動で一気に呆れへと変わる。
 ふん、そう何度も俺を陥れられると思うなよ運命よ。

 雑草を刈り終わるまでは何もなかった。

 帰りも何も起こらなかった。

 夜も何も起こらなかった。

 快眠。

 朝、心地よい気分で起きた。

「…………俺の時代か」

 お城の一室、窓を開けて心地よい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
 ハロー、新世界。

 俺はご機嫌で街を散策しながらトトリちゃんのアトリエに出向いた。

「おは――」

 扉に手をかけたところで思い出した。
 俺はコンコンと二階ノックする。

「どうぞー」

 するとトトリちゃんの声が返ってきたので挨拶をしながら扉を開いた。

「珍しいですねアカネさんがノックするなんて」
「ふふん、今日からの俺は新しいアカネ、言わばアカネスーパーだ」

 健全な魂は健全な行動を創り出す。
 うむ、グッバイバカな俺、今日から俺は普通の男の子に戻ります。

「あ、そうだアカネさん」
「うん?」

 釜の前で四苦八苦とおぼつかない手つきで釜をかき混ぜているメルル姫が俺の方に顔を向けると、絞り出すように声を上げた。

「さっきルーフェスが来て、アカネさんが来たら執務室に来るようにって」
「ふむ、了解」

 ちょっと早くに城を出過ぎたと思ったが、よくよく考えるとこの朝早くの時間から仕事しているルーフェスさんは何者なんだ。
 
「もしかしたら、アトリエの件かもしれないな。そんじゃ来たばっかだけど失礼」
「はい、また後で」

 二人に挨拶をして、俺は浮ついた足で城に向かった。
 俺のアトリエ、毎日仕事して、報酬をもらって、皆で日々を楽しく過ごせる。
 素晴らしいな上り坂人生!

「失礼します」

 俺は嬉々として執務室の扉を開け放った。

「おはようございますアカネ様」
「どうも、おはようございます」

 相変わらず畏まったルーフェスさんに浮ついた気分が少し引き締まった。

「それで、どんなご用ですか?」

 気分は誕生日だ。
 開けてごらんと渡されるプレゼント、何が入ってるかわかっていながらも何だろうと言ってしまうあの感覚。

「そ、それが、その……ですね」
「……?」

 珍しく言い淀んでいらっしゃる。
 何だろうか、場所が空かないとかそういう話なら少々残念だが仕方ないと――。

「まず、こちらを読んでいただければ、その後に説明させていただきます」
「はあ?」

 なんだろうと思いながら丸められた紙を手渡された。
 紐解いて広げると、どこか懐かしい筆跡が。

「? クーデリアさんから?」

 目線をルーフェスさんに向けると、小さく頷かれた。
 手紙に戻して上から下まで読む。

「――――」

 時が止まった。
 トライアゲイン。
 もう一度上から下まで。

「――――――――!?」

 もう一度二度三度、何度読み返しても内容は変わらなかった。
 内容の重要点を抜き出してみると。

『帰ってきたと思えば、アールズで錬金術士として働くらしいわね。無理だとは思うけど迷惑をかけないように頑張りなさい。
 それと忘れてないとは思うけど、あんたはギルドに七十万コールの借金があるわよね?
 だから、そっちで働くのを認める代わりにあんたの報酬の八割はこれの返済に充てるように話はつけたから。
 安心しなさい。必死に、馬車馬のように働けば生活くらいはできるわよ。たぶん。
 
 追伸・私は今これを笑顔で書いてるわ。
 あんたがいないのに借金が返済されていく、喜ばしいことね』

「…………」

 悪意しかない追伸だった。
 これはつまり、俺が千コールの仕事をしたら実際に手に入るのは二百コール?
 ピンハネ反対、労働三権を要請します。

「マジですか?」
「はい、申し訳ありませんが、その条件で押し切られてしまい、力不足を恥じ入るばかりです」

 ルーフェスさんを手紙で負かすとは、さすがはクーデリアさん。
 しかし、そうか、俺って債務者だったな。
 つまりギルドに所属しているだけの錬金術士じゃなくて、ギルドの所有物の錬金術士だったってことか。
 上り坂? ああ、錯覚だったよ。

「あの、アトリエの方は?」
「それは勿論用意させていただきました。しかし、アカネ様がその条件に納得なされないのであれば……」

 強制送還になると。
 なるほど、向こうならある程度報酬にも融通がきくだろうけど。

「分かりました。やります、ええやりますとも」

 トトリちゃんのいない場所は耐えられません、折角メルル姫とかケイナちゃんとかとも仲良くなれたのに、ここで帰ってはアカネの名が廃る!

「では、後ほど案内させていただきますので、客室の方でお待ち下さい」
「はーい」

 返事をして執務室を出る。
 そして膝を地面に着いた。手も着いた。
 借金とクーデリアさんの鎖は決して千切れないと知った。


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