俺は抜け殻の様になっていた。
 あの後案内された俺のアトリエ、職人通りを進んだ先にあり、外観はアーランドの師匠のアトリエに似た一階建ての平屋。
 暗めの青い屋根からはアトリエの壁と同じように石造りの煙突が伸びいてる。
 やったーと喜びたいかったが、債務奴隷状態に陥った事に気づいてしまったためにアンクル・トムの小屋にしか見えなかった。
 
 仕事についてくわしく聞いてみたところ、国からの仕事は報酬の八割が借金返済に、アーランド時代と同じように直接ギルドから受ければピンハネはなしだそうだ。

 俺一人ではどう頑張っても不眠不休は免れない。
 職人通りを適当にぶらつきながら、どうしようかと思いを巡らせていると。

「む…………すげえ組み合わせだ」

 四叉路のちょうど交差点にいらっしゃるはルーフェスさんとおやっさんことハゲルさん、そしてペーター。
 この混沌とした組み合わせに俺という名のハバネロ暴将軍を投下したら凄まじい事になるだろう。
 そう思い至ったので、俺は片手を振りながら駆けよった。

「おやっさん! ついでにペーター!」
「お! 兄ちゃんじゃねえか、久しぶりだなおい!」
「なんだ、お前帰ってきてたのか」

 カラカラと快活に笑うハゲルさんと、相も変わらず覇気のないペーター。
 トトリちゃんに続く知り合いとの再会がまさかこの二人になるとは思わなかった。

「それでルーフェスさん、どうして二人が?」
「はい、このたび開拓事業の一環として我が国にアーランドから武器屋を誘致する事に致しまして」
「なるほど、それでペーターはただの御者役と」

 しかし、アーランドが誇る二柱の創造神の内の一柱を呼びこむとは……アールズの開拓事業は本気とみえるぜ。

「まあそりゃ俺はただの御者だからな。っと、そうだお前がいるならちょうどいいな、ほいこれ」
「にゃ?」

 ペーターが手から吊るしていた、手の平サイズの小汚い麻袋を手渡された。
 なんかもぞもぞと動いている……。

「え? マジで何これ?」
「いや、俺もよくわかんねえんだけど、こっちに来る途中で急に飛び乗ってきたんだ。確かに渡したからな、んじゃ、俺はこれで」
「……?」

 埒が明かないので紐を解いて、袋を逆さにしてみると、何か白いものが落っこちた。

「すげえ! でっかい大福が入ってた!」
「ぷに!」
「――グフッ!?」

 久しぶりにボディにヘビーなのが叩きこまれた、がなんとか踏みとどまれた。
 軽いボケでこれとは、久しぶりじゃなかったら第四次大戦が起きているところだ。
 それにしても手紙出してまだ三日と経っていないだろうに、読んですぐに馬車を追いかけてくれたのか、嬉しくなってしまうじゃないか。

「ぷに!」

 足元には変わらぬ平和そうな顔が。
 俺の翻訳アプリケーションが錆びついていなければ、こいつは今、再会の握手代わりだぜと言った。
 渋すぎる。

「あ、アカネ様!? ご無事ですか!?」
「へ?」

 腕で俺を後ろに下がらせながら、ルーフェスさんが俺とぷにの間に入った。

「ペーターさん、何故モンスターを街の中に――!」

 あれ? ルーフェスさんご存じない?

「あの、ルーフェスさん」

 服を摘んでちょいちょいと引っ張る。軽く視線をこちらに向けてきたので、なるべくやんわりと伝えた。

「そのぷにぷに、俺の相棒です」
「はい?」

 素っ頓狂、というには落ち着きすぎた声が上がった。この人からしたら十分に珍しい類のものではあるのだろうけど。

「聞いてませんか?」
「い、いえ、噂には聞いてます。アカネ様には恐ろしく腕の立つ用心棒が傍にいると」
「ぷ、ぷに?」

 ぷにが怪訝な顔をしている。そりゃそうだ、用心棒って、こんな容赦ないツッコミを入れる用心棒がいてたまるかと。

「シロっていう名前で、俺のベストパートナーです」
「ぷに!」

 胸を張るように体を反らせるぷに、それを見たルーフェスさんは眉をひそめて。

「そ、そうですか、この方? いえ、この方がアカネ様の……」

 びっくりするくらい動揺していらっしゃった。
 しかしさすがというか、次の瞬間にはもう落ち着きを取り戻していた。

「失礼いたしましたシロ様、私、アールズ王国の執務官のルーフェスと申します」
「ぷ、ぷに。ぷにぷに」

 ルーフェスさんの見事に畏まった挨拶に、ぷには今まで見たことないくらいにぺこぺこと頭を下げていた。
 やはり我が相棒、俺と同じでこの類の人には慣れていないようだ。

「心から受け入れるにはまだもうしばらく時間が必要ですが、国を超えて届く武勇、是非頼らせて頂ければ幸いです」
「ぷ、ぷに! ぷに!」

 任せて下さいと飛び跳ねるぷに、テンパりすぎである。
 これがメルル姫辺りなら、スパッと受け入れてもらって終われるだろうに。

「それでは騒ぎになる前に国民にシロ様の事は伝えておきましょう、何か問題が起こったら執務室までお越しください」
「ぷ、ぷに〜」

 城へ戻るルーフェスさんをぷには深々とした礼、人間で言うところの土下座レベル、顔を地面にこすりつけて送り出した。

「敬われるとやりづらいよな」
「ぷに」

 意気消沈と言った様子で俺の方に飛び乗ってくるぷに、気持ちは痛いほどわかる。

「相棒がモンスターだと難儀なもんだなあ」
「いやまったく」
「それにしても兄ちゃん、どうしてまたこんな所にいんだよ? 帰ってきたって知りゃマー坊が会いたがるぜ?」

 マークさん、俺もできることなら会いに行きたい。けれど。

「実は俺、アールズに錬金術士として国仕えしまして、しばらくは会いに行けないですよ」
「あの兄ちゃんが国仕えぇ!?」

 目をカッと見開いて、大口開けて、とても驚かれた。

「かあっ! 人生何があるか本当にわかんねえな、あの兄ちゃんが国仕えたあ」
「俺も人生少しは考えてるって事ですよ」

 借金まみれではあるけれど。

「しっかし、となるとなあ……」
「……?」

 おやっさんの目が俺の頭のてっぺんからつま先まで行ったり来たりして。

「いくらなんでも一国の錬金術士様にしちゃみずぼらしすぎやしねえか?」
「む、た、確かに……」

 黒ジャージのままでは威厳とか箔がつかないかもしれない。
 かと言って、師匠のエキセントリックなセンスに負けるのも嫌だった。

「よし! 兄ちゃんの景気づけにいっちょ作ってやるか!」
「え、マジですか」
「おうよ、入れ入れ」

 おやっさんの漢らしい背中に導かれるままに、店の中に入ると武器屋特有の炉の熱気が……。

「あれ? 涼しめですね」
「ぷに」
「ああ、ちっとまだ火力が足りねえんだ。まあしばらく使い込まねえことにはどうしようもねえな」

 創造神ハゲルはその炉の火を以てあらゆる金属を溶かし千変万化に形を変えるというのに、まさか肝心要の炉がその状態とは、少し残念だ。

「材料を少しは持ち込んだからな、よっし、んじゃあ兄ちゃん服を脱いでくれ」
「ういっす」

 おもむろにジャージを脱ぎ、服作りが始まった。


…………
……


「ぱねえ」
「ぷに」

 さすがはハゲルさん、立体裁断なんてお手のもの、型紙いらずだった。
 夜な夜な少女趣味の可愛い服を縫っているだけあり、針の動きが見えなかった。

「一時間程度で出来上がるとは……」
「ぷに〜……」

 世の中の服飾関係の人に喧嘩を売っているとさえ思える。
 しかし一時間で上下セットで服を作ったと話しても鼻で笑われるのが落ちだろう。

「よし! これで兄ちゃんもちったあ様になるだろ!」
「それじゃあ失礼して」

 着なおしたジャージを再び上から脱ぎ、下を降ろす前に畳んで置いておこうとすると。
 突然扉が開いて。

「こんにちわー、お邪魔しまーす」

 メルル姫が入ってきた。

「にゃ、にゃああああああ!?」
「うわっ!? ア、アカネさんなんで裸なんですかあ!?」

 反射的に脱いだ服で上半身を隠した。
 ま、まさかこのアカネがラッキースケベの対象になるとは、一生の不覚!

「と、とにかく着替えたら声掛けるから!」
「し、失礼しましたー!」

 大きな音をあげて扉が閉まる。
 俺の心臓は爆発寸前なくらいにドキドキと早鐘を打っていた。

「なんだあ、あの嬢ちゃんは?」
「ああ、トトリちゃんの弟子ですよ」

 着替えつつ、なんとか平常心を装って答える。
 実際は気を抜いたら飲み込んだ心臓が口から出そうな状態です。

「へえ、あの嬢ちゃんの弟子か!」
「ぷに〜」

 二人ともあのトトリちゃんがと感心したような様子だった。

「ってことはあれが噂の姫嬢ちゃんか」
「ええ、そうですねっと」

 なんだかだんだん文明人らしい格好になってきた気がする。

「ぷに?」
「いや、マジの姫だ。お姫様がトトリちゃんの弟子なんだよ」
「ぷに!?」

 驚愕のぷに、確かによくよく考えてみるとすごいことだよな。

「よっと…………どうよ、似合うか?」

 腕を広げて見せつける。
 明るめのワインレッドのシャツの上に、金色のボタンで彩られた腰下まで丈のある黒のベスト。
 下はベストと同色の黒いズボン、いや今時はパンツって言うんだったか? それを白いベルトで固定している。

「おう、見違えたぜ」
「ぷに」
「うむ」

 長き時を共にしたジャージともさらばの時、よくよく考えてみると青春の時代を俺はジャージだけで過してたんだよな。
 あらゆる意味において考えられない事だな。

「初めて文化人になれた気がする」
「でも兄ちゃん、ネクタイ忘れてるぜ?」
「――――っ!」

 ドキンと心臓が跳ね上がった。
 そう、黒いネクタイを締め忘れているが、就職なんてものと無縁の人生を送ってきた俺にそんな物の結び方分かるはずもない。
 当然ジャージマンなのでおしゃれ的ワンポイントとか知らぬ存ぜぬで生きてきた。
 となると結果的におやっさんがつけるだろう。
 誰得なシーンが流れてしまう。

「は! メルル姫、入っていいぞ!」

 お姫様なら、なんか高度な教育の一環とかで学んでいるかもしれない!

「はーい……わっ! アカネさんが変身した!?」
「いや、変身は違うだろう」

 言いたい事は理解できるが。

「ところでメルル姫、ネクタイの締め方とかわかるか?」
「え、わかる訳ないじゃないですか」

 俺の計画がガラガラと音を立てて崩れた。

「なんだ、兄ちゃん知らねえのか? しゃあねえな、俺がつけてやっからこっち向きな」
「………………は、い」




 ――あ、ハゲルさんの顔が近い。






 トトリちゃんのアトリエにて。

「わあ、アカネさんがおしゃれになった。カッコイイですよ!」
「……うん、ありがと」

 トトリちゃんの真っすぐな笑顔に癒された。
 ……大切なものを失った心の傷によく染みるぜ。

「そういえばぷにがこっち来たぜ」
「え、そうなんですか?」
「うむ、今はメルル姫の玩具になってるんじゃないか?」

 姫はぷにことをえらく気に入ったご様子だった。
 撫でて伸ばして引っ張って、可愛い娘にいじられてぷにも満更ではなさそうだったが。

「それでトトリちゃんに聞きたいんだけどさ」
「はい? なんですか?」
「この格好なら弟子にならないかって声かけても怪しくないよな」
「えっと、そうですね。前の黒ずくめよりは」

 よしよし、トトリちゃんのお墨付きもでた。
 今もメインは黒だが、前よりは十分に見栄えもするだろう。

「よっし! アトリエよし、相棒も来た、となれば残るは弟子のみ!」
「アカネさん、どういう人がいいですか?」
「とりあえず可愛い娘!」

 俺は言い切った。

















 アールズから少し離れた場所で、ペーターの物とは違う馬車が走っていた。
 その中には横に置いた明るいチェックのトランクケースと同じように揺れている、美しい白い髪の少女が一人、胸を時めかせて、灰色の目で見知らぬ土地を窓から眺めていた。
 彼女に不運な点があるとすれば、どこかのバカが言うところの可愛い基準に当てはまっている事だろう。

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