馬車に揺られてもう数週間、遠いアーランドの地に至るまでの旅路の合間、私は一度ここアールズ王国で馬車から降りて歩みを止めた。
 数日前から目眩が酷くなっていた。きっと旅疲れ、だから休もう、久しぶりに、お布団で。ここまで来たら家出娘を追いかけるのもあきらめているはずだもの。……たぶん。

 宿を探して木の葉越しの鈍い陽光が射す並木道を歩く。
 少し私には大きすぎるチェックのトランクケースを前に持って、続く目眩に気だるさを覚えて俯きながらもゆっくりと。
 歩いているときは無駄に考えすぎてしまう、例えば、勢いで家を出てきたけれど、アーランドまで行って私は何がしたいのだろう、なんて。

「……んっ」

 その時、一陣の風が吹いた。
 葉と葉を擦り合わせる音が鳴り響き、私の目の前を若々しい色の葉っぱが風に乗って飛んで行った。
 顔を少し上げ、その行く末を見ると、ふとある人が目にとまった。
 黒髪で同じく黒いネクタイを締めた高身長の男性が、きのこの様な屋根がついた木の下で、大きな釜をかき混ぜている。
 なんだろう横にあるあののぼりは。
 弟子歓迎?

 単純な好奇心からか、私は不調も忘れて近づいて行った。
 すると、釜の中が彼の持っている杖を中心に輝いていって――。



 ボンって音と一緒に爆発が――。










 ぷにが帰還した翌日、四月も上旬を越えて落ち着く暖かさがひろがって、今日も和やかに俺とぷに、そして姫とメイドとトトリちゃん。
 皆でトトリちゃんのアトリエでテーブルを囲んで和やかにクリームたっぷりのケーキを食べながらお茶会を……。

「って違う違う!」
「わっ、何ですかアカネさん。突然大声あげないでくださいよ」
「なんでこんなお昼のティータイムを過ごしてるんだ!」

 弟子とか弟子とか弟子とか、もっとやるべきことがあるだろうに!

「えっとシロさん、ケーキがお好きなようでしたから」
「ぷに!」

 メルル姫の横に控えたケイナちゃんがそう言うと、ぷには高らかに肯定した。
 俺の居ぬ間にケイナちゃんとまで仲良くなるとは、それもこんなおいしいケーキをごちそうしてもらえて……。

「こんなおいしい! くっ! おいしいケーキを!」

 フォークで刺してぱくりと食べれば舌の上で優しい甘みが、続けてもう一口、さらに、なくなったので腕を伸ばして姫の皿から取って食べようと。

「ちょ、ちょっと!? アカネさんわたしのケーキまで食べないでくださいよ!」
「減るもんでもないだろう」
「いやいや、すごい勢いで減りますから!」

 突き刺さる寸前、見事にフォークでガードされてしまった。
 壮絶な鍔迫り合いが繰り広げられる。

「メルル姫なんてお姫様なんだから昔からこんなうまいの食ってたんだろう? 俺なんてしけたパサパサのスポンジゲーキばっかりだったんだぜ?」
「嫌ですよ! わたしケイナの焼いたケーキ大好きなんですから!」

 何と、これはケイナちゃんの手作りだったか。
 メイドさんの手作りケーキ…………男の永劫の夢!

「富める者は貧しいものに施すものだ! これって王族の義務じゃないのか!?」
「ぷに〜」

 屁理屈とか言うんじゃありません!

「それなら目上の人は年下に譲るものじゃないですか!」
「ぐぬ……」

 押しては引いての繰り返しが永遠に続くかと思われたが。

「二人とも、行儀が悪いですよ!」
「「す、すみません」」

 鶴の一声により、強制的に黙らされた。

「アカネさんどうしたんですか? いつにも増して情緒不安定な気が……」

 見かねた様子のトトリちゃんがそう問うてきたので、俺はぼそぼそと小さく喋った。

「……弟子ができるか、教えられるかとか…………不安、なりけり」

 できるまではいいとして、自分の師匠を省みると、教えられるかすごい不安。
 するとトトリちゃんは笑って。

「大丈夫ですよ、アカネさん面倒見がいいですから、きっと良い先生になれます」
「だと良いんだけどなあ、ところで弟子ってどうやって作るの? 粘土?」

 こね回すの?

「えっと、わたしの時はメルルちゃんがアトリエに来て……」
「それでわたしがトトリ先生の錬金術を見て、すごい! って思ったんですよ、これならきっと何かが変わるって!」
「なるほど」

 と言われても、俺のアトリエにわざわざ来る暇人はいないだろうし……。

「そうだ! アカネさんが街で実際に錬金術をしてみればいいんじゃないですか?」
「…………」

 メルル姫は意外と切れ者なのかもしれない。

「よし、やってみるか!」
「ぷに!」

 俺が立ち上がるとぷにが肩に飛び乗ってきた、なので掴んで床に放り投げた。

「お前がいたら近寄りづらいだろう」
「……ぷに」

 珍しく素直に肯定してきた。
 と思えば、次はメルル姫の横に座っていたケイナちゃんの膝に飛び乗った。

「ぷに〜」
「あら、シロさんったら」
「…………」

 すりすりしていた。ケイナちゃんもまんざらじゃなさそうだった。
 相棒、ペット感覚だからな、それは。
 悔しくなんてない、悔しくなんてないが、羨ましい。
 いつかぷにと精神を入れ替える薬を作ろう、そうしよう。

「トトリちゃん、初心者向けの本ちょっと借りてくな?」
「あ、はい。いいよねメルルちゃん?」
「平気ですよ、そこら辺はちゃんと覚えましたから」

 本棚から本を取り出す傍目にメルル姫を見ると、大変に得意げな顔をしていらっしゃった。
 あの子もあれで優秀な子だよな。

「よし、行くか!」
「ぷに!」

 頑張れと言われた。無視した。





 並木通りの中心で俺は釜をかき混ぜていた。
 さすがにアトリエの釜は持ち出せなかったので、近場で少し小ぶりな一般家庭レベルの釜を借りて、ついでにおやっさんのところから余った布の端材をもらってのぼりも作ってみた。

「兄ちゃん、なにできんだこれ?」
「まあ見てろ」

 年二桁になるかならないかの少年A、興味を持ってもらえて嬉しいが君は弟子対象外だ。
 ちなみに今作っているのは飴ちゃん、駄菓子屋によくあるいちご飴。
 これなら何を間違っても失敗のしようがない。

 かき混ぜ続けて、よしもうできると思ったその時。

 強い風が吹いた。

 葉っぱが大量に釜に投下された。

 釜を混ぜる腕が震えた。

「ちょ、ちょっと下がっててね」

 集まってきた人たちを俺は片手で離れるように合図した。
 冷や汗が止まらない、少し視線をあげると白い髪のキュートな娘がこっちに寄ってきていた。
 やめてください、今からの俺を見ないであげてください。

 祈りも空しく、少女は人の輪の中に入って、次の瞬間には小さな爆発音が。

「ゲホッ、ゴホッ!」

 小さな釜のおかげで爆発も小さく済んだが、見事に顔が煤まみれになってしまった事だろう。
 …………死にたい。

「うっわーすげー!」
「すごいなあ」
「うん、派手だった」

 煙が晴れるとやんややんやと民衆が沸き立った。
 材料を入れていた足元のカゴに次々とコールが投げ込まれていく。

 やめてください! これ大道芸とかそういう類の見世物じゃないから!
 でもお金は入れて、生活苦しいから!

「ど、どうもどうも」

 俺は営業スマイルでひらひらと手を振った。
 何かを言う気力もない、今日は小金を稼ぐ日だったと思おう。
 忌むべきは葉っぱ、ひいてはメルル姫、何故俺は彼女の甘言に踊らされてしまったのか。

 間もなく人の輪が崩れて解散し、俺も帰ろうと思ったが。

「…………?」

 さっきの白い髪の娘が一人、ぽつんと灰色の目で俺の事を見ていた。
 と思えば、近寄って来て、白いハンカチを取り出すと。

「使いますか?」
「あ、これはどうも」

 煤だらけの顔を晒すのもあれなので、ありがたく施しを受けて顔を拭う。
 シルクの感触が顔に心地よい……。

 ……シルク? 絹? 高級品?

「シルク!?」
「え、そ、そうですけど」

 何か悪い事をしましたかとでも言いたげな顔で俺を上目で見上げる少女、何も悪くはない、むしろすごい良いことしてるよ。

「煤拭うのはもっと荒い生地のハンカチで良いと思います」
「……? ハンカチってシルク以外にあるんですか?」
「…………」

 瞬間的に理解した。どこぞのお嬢様かと。

「……とりあえず、あまりに申し訳ないから少し待ちなさい」
「はあ?」

 気の抜けた声で相槌を打つ彼女の前で、俺は余った材料の苺や砂糖を釜に入れ、杖を突っ込んだ。

「言っておくとな、俺がやりたかったのは爆発なんてことじゃない」
「え、そうなんですか?」
「そうなんです」

 俺は爆発させるのは好きだが、爆発するのは嫌いだ。

「ところで名前は? ちなみに俺はアカネです」
「はい、リリィって言います」
「なるほど、リリィちゃんねっと」

 さっきまでは大人数に配るつもりで作ったから少々時間がかかったけれど、一人分とあらば時間もいらない。
 釜が光り、中で小さく弾ける音がする。
 釜に手を突っ込めば、握られるはいちご飴。

「ほらできた」
「…………」

 彼女は目を大きく見開いてパチパチと瞬かせていた。
 改めて見ると、どこか猫の様な雰囲気を感じさせる風に目がつり上がっている。

「ほれ」
「――はむっ!?」

 彼女の口に飴を押し込むと、また目を見開いたと思えば、俺の事を真っすぐ見つめて。

「甘いです」
「そうだろうそうだろう」

 俺は大きく頷いた。
 汚名返上、名誉挽回、これでこの街でまた彼女に会っても俺は爆発大道芸人の評価をされずに済む。

「これぞ錬金術、なんでも作れる不思議な力」
「なんでも……」

 そう呟いた彼女の視線は俺から俺の横に動いた。
 俺もそっちを向くと、そこには煤で薄汚れた弟子募集ののぼりが……。

 ――――!?

 まさかのさかさま、かさまさか!?

「私でも……?」
「もちろんだ」

 頑張って真面目な顔を保って俺は首を下から上に動かした。
 気を抜くと、ふひぃ、とか嬉しさのあまり変な笑いが漏れそうだ。
 ありがとうメルル姫、やっぱり王族は何か持ってるな。

「何か、変われますか?」
「うん? まあ、俺は変わった……な」

 錬金術を学ばなかった俺を想像できないくらいには。

「わ、私に……」

 彼女はカバンの取っ手を固く握りしめると、大きく頭を下げて。

「私に錬金術を教えてください!」

 錬金術士アカネの一番弟子が誕生した瞬間である。
 嬉しさのあまりに気を失いそうだ。

「お、俺でよければ、な」

 頑張ってクールな態度を装ってみた。これでさっきの爆発さえなければ完璧だったろうに。

「あ、ありがとうございます!」

 顔をあげると、リリィちゃんは初めて笑顔を見せた。
 トトリちゃんにも劣らぬその眩い笑顔に、これは夢かと一瞬疑ってしまった。

「よし、それじゃあ早速俺のアトリエに招待しよう」
「は、はい………………っ」
「にゃ!?」

 突然後ろにふらついた彼女に、威厳も何もない声をあげつつも駆け寄って後ろから肩を掴んで支えた。

「だ、大丈夫か?」
「は、はい。すみません、長旅で少し体が……」

 馬車酔いなら俺の同志だが、この様子だと単純に体調が悪いだけだろう。

「そんじゃあおぶさってあげるから乗りなさい」
「え、えっと、その……はい」

 背中を見せると躊躇いつつも体を預けてくれた。
 信頼感だったら良いなと思いつつ、足を動かせないくらいに辛いんだろと冷静な判断をしてしまう。

 トランクケースを片手で持ち上げ、俺はアトリエに向かって歩き出した。
 釜を返すのは、まあ、後でも良いだろう。






 リリィちゃんは途中で寝てしまったので、アトリエのベッドに寝かせて、俺は軽い置き手紙を書いて、トトリちゃんのアトリエに出向いた。

「あ、アカネさんお帰りなさい。どうでした?」
「あ、ああ、うん、なあ、メルル姫……ちょっと俺の事叩いてみてくれないか?」

 決して俺は頭がおかしくなった訳ではない。

「い、嫌に決まってるじゃないですか!?」
「そ、それじゃあトトリちゃんでいい!」
「えぇ!?」

 俺がトトリちゃんに詰め寄ると。

「ぷに!」
「――がはっ!?」

 顔面にバレーボールを受けた時の事を思い出す、そんな思い衝撃が顔全体に響いた。
 そしてそのままソファに倒れ込んで、顔をクッションに埋めた。

「うへ、うへへへ……ふひぃ」
「あ、アカネさんがおかしくなっちゃいましたよ、トトリ先生?」
「えっと、たぶん何か良いことがあったんじゃないかな?」

 さすがトトリちゃん、よく分かっている。

「ぷに?」
「ああ、夢じゃない、現実だった……」

 ハイパー美少女が俺の弟子に……!

「よし! 頑張って威厳を保つぞ!」
「ぷに〜……」

 嘘でも頑張れと言ってほしかった。


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