日差しで明るくきらめいた草原の上に敷かれた鉄のレール、地平線の向こう側から流線型の列車がその上を駆け抜ける。
 背の低い草花がなびき、一枚の白い花びらが天空へと舞い上がった。
 列車が通らなければ決して見ることのなかった世界が、空からは見ることができた。

 剣を振るい、魔術を用いて、魔物と戦う人々。
 天に祈りをささげる人々。
 二輪の乗り物で大地、海、空、どこまでも走る人々。
 ただ日々を生きる為に働く人々。

 山と空と海と森、世界は無限に広がっている。
 語りきれないほどに数多の人間が空の下に広がっていた。
 そして、黒塗りの列車の最後尾がちょうど花びらの真下を通過した。

 そこには、柵に手をかけて俯く金髪の青少年が一人……。







 腰までの長い金髪を首元で纏めた青目の彼、ジン・リュールトン。
 彼は顔を上げ虚ろな目で遠ざかっていく地の彼方を見つめ、空を見上げると、ぽつりと言葉を漏らした。

「吐きそう……」

 顔を真っ青にしてぷるぷると震えている彼、乗車から僅か三十秒でこの有様なのである。
 未だ手荷物のカバンさえも席に置いていないと言う、驚異的に電車に弱い男のようだ。

「学園まで……駅があと三つ……」

 本来は近づくたびに胸がドキドキしていく、青春の香り豊かな学園までの数字。
しかし、彼には死のカウントダウンにしか思えなかった。
 
 目的地であるノーデント魔術学園、そこは五百以上の生徒数を誇る、王国で一、二を争う魔術を学べる学園。
 戦う技術、文明の向上、己の力を高める、輝かしい学歴等々、様々なものを求める若者が国中から集っている。
 今期の入学生約二百名、希望と夢を胸に秘めた彼ら彼女らが到着待ちわびているのである。

「はあ、はあ……」

 この男以外は。

「クッ、ユーリ先生め、人のこと五年も放って置いて急に学園に行けなんて、引き篭もりをなんだと……うぷっ」

 彼の喉元に昇ってきた酸っぱいものがそれ以上の独り言を許さなかった。
 目をグルグルと回した彼は顔を前に突き出して、朝のメニューを思い出していた。
 食パンとスクランブルエッグが融合して召喚される刹那、ぽんと、彼は背中に手を置かれた。

「大丈夫ですか?」
「あっ」

 その瞬間、魔法にでもかかったように彼の喉元の攻防は終わりを告げた。

「ど、どこのどなたか存じませんがどうもご親切にどうも」

 顔だけを向けて弱々しくお礼を言った先には、一人の少女が長い銀髪を靡かせながら、ほのかに微笑んで立っていた。
 蜂蜜のような金色の目で優しく彼の足元から頭まで見ると口を開いた。

「いえいえ、大したことはしてませんよ、えっと……」

 少女は口元に指先を当てて、もう一度目だけを動かして彼の姿を見るとニコリと微笑んで。

「ベルトさん?」
「違う」

 矢のようなジンの否定の言葉が返ってきた。
 だが、傍目から見てジンはベルト野郎である。
 
 そんな彼の格好はと言えば、白いシャツと青いネクタイの上に黒いベストを着込んでいる。
 その上に袖口や丈などが黒で縁取られた腰まである白のコートを胸から下だけボタンをして羽織っている。二の腕と手首に、そして肩から腰にかけて二本、ガンベルトのように青いベルトが巻かれている。
 そして極々普通の濃い灰色のパンツ。太もも、ふくらはぎに片側二本ずつ、計八本の青いベルトが。

 合計すること十四ベルト。

 紛うことなきベルトさんであった。

「……」

 自分でツッコミを入れておきながら、自分で自分の格好を数秒見直し、ジンはまた口を開いた。

「やっぱり違います」
「それじゃあ、なんてお名前なんですか?」
「おっほん、初めましてジン、ジン・リュールトンと申します……ええっと」

 向き直って胸に手を当て、そう名乗ると銀髪の彼女を目線だけで姿格好を見る。
 強い印象を与える艶やかな銀髪は腰まで伸びていて、毛先がほのかに内側にカールしている。
黒塗りのカチューシャには金の茨の茎が描かれており、赤い薔薇が飾り付けられている。サイドの髪は肩まで伸びており、左サイドだけが三つ編みになっていた。

 それらを踏まえて一言。

「薔薇子さん?」
「……安直ですね?」

 半目になった彼女は呆れ混じりでそうこぼした。

「もっとないんですか? 服とかも見てくださいよ」

 片手を上げて、袖をパタパタと振り出すが、至って特色することのない服装であった。
 空色で縁取られた雲のように白いコートがプリーツの黒いミニスカートが見えるか見えないか位まで伸びており、ストッキングを履いた足には白いブーツが。
 ベルト野郎に比べると霞むほどに普通であった。

「ソラちゃん」
「あ、ちょっと本名に近いです」
「……ギャラクシーちゃん?」
「近づいてます近づいてますよ、物理的に」

 キラキラと期待に光る目がジンに突き刺さる、いつの間にか名前当てゲームが始まっているようだ。
 ジンはギャラクシー時点で真面目に考えるのを放棄していたが、何故か近づいてしまっていた。
 そして彼はというと、ギャラクシーで近づくという名前に興が乗ったのか、すぐさま次の言葉を繰り出した。

「スター」
「ぶー、です」
「サン」
「残念、はずれです」
「ムーン」
「むーん」

 薔薇子(仮)は唸って少し悩むと。

「さんかくです」

 両手で三角形を作って小首を傾げてニコリと笑った。

「さんかくさんと申すお方でしたか」
「違います」

 ぷっくりと頬を膨らませる彼女を見るとジンは軽く笑って答えを出した。

「ツキさん?」
「はい、ツキ・ゼルセンです。同い年ですしツキって呼んでください」
「それじゃあ、俺のことも気軽にジンで頼むよ」
「はい、よろしくお願いしますね。ジンさん」

 一歩下がり、ペコリと一礼すると彼女はジンの右手を両手で掴むと。

「では行きましょうか、私のいる席はまだ空いてますから。その様子だと席も取ってないですよね?」
「ありがたい、ありがたい……」

 旅は道連れとばかりに二人は車内に戻り、ツキの導きでコンパーメント席の一つへと辿り着いた。
 高級感漂う紅色の二人席が向かい合っている個室で、窓際には緑がかった黒いくせっ毛の少年が一人、退屈そうに窓から流れる風景を見ていた。
 Vの形に胸元が開いている白いシャツの上に黒のジャケットにベージュのズボンと、自分とは対照的にシンプルだな、というのがジンの印象であった。

「ただいま帰りましたよー、レクスさん」
「ああ。で、そいつは?」
「ベルトさんですよ――ひゃん!?」

 ツキの後頭部が軽く小突かれる、ジンはツキの前に足を踏み出すと、また胸に手を当てて会釈をした。

「ジン・リュールトンです、よろしくお願いします。決してベルトではないゆえ」
「……おう」

 紫の目が胡散臭いものを見るように光った。
 どうみてもベルト野郎だと、その視線が何よりも雄弁に語っていた。

「まあいいか、俺はレクスだ。新入生同士、仲良くしようぜ」

 打って変わって歯を出して笑うと、自分の隣の席を埃が舞いそうな勢いで叩く。
 ジンがそこに座ると、向かいの窓際にツキが座った。

「それで? お前の属性は?」
「い、いきなり性癖の話って、都会はレベル高い――痛っ!?」

 ゲンコツであった。
 先ほどジンがツキに行ったのが『こつん』であるとしたら、今のは『ゴンッ!』である。
 無論、悪いのはジン。

「……火、火です」

 頭を抱えて蹲りながら言葉を搾り出した。
 レクスは呆れたように腕を組んで鼻で笑った。

「最初からそう言やーいいんだっつの。俺は風、そっちは光だとよ」
「ふふん、私の力は先程お見せしましたよね」
「ああ……うん」

 彼らが今話しているのは、この世の原則。魔法の七大属性である。
 生まれついて誰もが持っている魔力の変換機が心臓であり、生まれた時点でどの属性に変換できるかが決定しているのだ。
 光の魔術は治癒や守護の力を持つため、ジンは遅ればせながら自分の体調が良くなったことに納得した。

「ふっふっふーん!」

 どうだと言わんばかりに腰に手をあて、胸を張るツキ。
 それを見てレクスはジンにアイコンタクトを取り、膝の上で手の形をこっそりと変えて見せた。

 その形が表す意味は……C。

「…………」

 ジンは無言だった。
 その指の形が表すものが何なのか、理解したくなくても理解してしまう。
 心の中での呼称がむっつりレクスになった瞬間である。

「そうだ、二人はどこの出身なんですか?」

 唐突に手を叩くと、今の二人のやり取りにまるで気づいた様子もなく無邪気に問いを発した。

「ちなみに私は南の王都のさらに南のちょっと大きめの街です」
「王都だ。つっても特別裕福とかじゃねえけどな」
「俺は田舎だったかなー」

 廊下側に目を逸らしながらの発言。
 万年引き篭もりのジン君は家の中以外はあまり知らないのだ。自分のいた村の様子さえも曖昧なのだ。ダメ人間なのだ。

「となると俺ら三人は一般市民ってわけか」
「私は一応神官ですよ? 見習い以下の卵さんですけど」

 胸元から短剣の銀製アクセサリーを取り出すと、見せ付けるようにぷらぷらと振り子のように揺らす。
 それを見たレクスは眉を上げて驚いたような顔つきで口を開いた。

「神官志望が魔術学園たあ、けったいな話だな」
「いやあ、私もおちこぼれってことはないんですけどねえ」

 頬をかいて控えめに笑みを浮かべるツキ、その様子を疑問符を浮かべてジンは見つめていた。

「? どうしました?」
「いや、その……神官志望が学園って、おかしいの?」
「ええ、そうですねえ。学園側と教会側で魔族の扱いに対する主張が異なりますから。普通は教会の神学校に通うことになりますね、私は落っこちましたけど」

 既に自分の中で割り切っているのか、落ちことについて暗さを見せないような笑みで説明してくれるツキ。ジンは頷きながらそれを聞いていた。

「けどよお、学園卒業生となると向こう側の印象も悪いんじゃねえか?」
「まあそこはおいおいですかねえ、入学も決めちゃいましたし」
「そりゃあそうだ」
「……質問でーす」

 ジンは顎に手を当てて何かを考えていたかと思えば、軽く手を挙げて口を開いた。
 そして、次の言葉に他二人はギョッっとすることになった。

「魔族って……何?」
「「――っ!?」」

 正しく絶句と言う表現が正しかった。
 レクスは大きくのけ反り過ぎて窓ガラスに後頭部をぶつけ、ツキは笑顔を崩す間もなく大きな目をしばたたかせていた。
 そのまま電車が走る音だけがしばしの間響いていた。
 いち早く我に返ったレクスは負傷した部分をさすりながらジンを真っ直ぐ睨みつけた。

「……あー、なんだ。ジンよお」
「な、何?」
「お前、箱入りか? それも相当の」

 引き篭もりというニュアンスでは丸、名家の親が大事に育てた的な意味ではバツ。
 ジンは少しばかり頭を悩ませた後、両手で答えを作った。

「さんかく?」
「あん?」
「ひっ!?」

 威圧感のあるドスの効いた返答にジンは怯んだ。
 この回答方法はツキという顔立ちの整った少女がやるから許されるのだと、彼は理解した。

「いや、その、五年くらいひき……家から出られなくて」

 家から出られないは不可能の意味である。
 家から出ないという意思を意味する文が正しい。
 要は引き篭もりの見栄である。

 しかし、何かを言いかけてから顔を背けて別の言葉に言い直す。その仕草は意図せずして後ろ暗い過去を持つ少年のようであった。

「出られなくてって、一体何がどうしてんな事に――」
「まあまあ、いいじゃないですか! 知らないと言うのなら、私がお教えますよ」

 やんごとない事情があるのだろうと推測したツキがレクスの追求を遮った。
 しかし引き篭もりである。

「ツキさん……」

 その思いやりに思わずジンも感動した。

 しかし引き篭もりである。

「ったく、そんなんでよくもまあ試験に受かったな」
「いやあ……」

 嫌味でも言うような口調で発せられた言葉に、ジンは言葉を濁して笑うしかなかった。
 何故ならば、物を知らない彼は今また、初めて知ったのである。そして思ったのだ。

 試験なんてあったんだ、やっばーい。

 五年外界から隔絶されていたゆえ、体力もなければ学もない、ぐうたら思考回路だけが発達している、それが彼。

 百九十九名の学徒と一名のイレギュラー。
 彼が走り続ける電車から降りることは出来ず、刻々と死へのカウントダウンを進めて行くのであった。



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