駅に停留して新入生を新たに乗せながら、黒鉄の列車は走り続け、ジンが乗り込んでから半刻ほどして車輪の回転を緩やかに止めた。

 赤レンガが積み重ねられで足場が作られているだけの簡素な駅に、制服私服と入り混じりながらも同様に年若い少年少女たちが次々と降り立った。
 そして彼らの視線の先には城……と見間違えるほどに大きく、豪奢な白亜の学び舎がそびえ立っていた。
 いくつもの窓が陽の光で白く輝き、緑の三角屋根の塔の上では卵をモチーフにした校章が描かれた旗がはためいている。
 その後方にはさらに大きな山が広大な森の先に鎮座しており、学園が森に囲まれて立っていることがうかがえた。

「相変わらずでっけえなあ」

 既に前方に広がる石畳に降り立って、紙花で飾られた手製のアーチを潜って校門へ向かう者たちがいる中、ジンたち三人組はなんとはなしに校舎を見上げていた。
 ジン以外は試験の際に一度は来ているため、そこまで新鮮な驚きはないようである。

「どうしましたジンさん? 面白い顔して」
「べ、別になんでもナイヨ」

 約一名は驚きを伝えたいものの、裏口入学がばれるやもしれない為に、必死に表情を取り繕っていた。

「それでは私たちも早速参りましょうか」
「おうよ! こっから俺様レクスのサクセスストーリーが始まるぜ!」

 ガッツポーズで熱い意気込みを見せるレクスは一人で行かんという勢いでズタズタと歩を進めていった。
 二人はその様子見て顔を見合わせてはにかむと、早足で追いかけ始めた。
 入学生を迎えるための手作りのアーチの先にあるのは、黄色いレンガ造りの校門と既に開かれた鉄柵の校門であった。
 石畳はそのまま校内に広がり、前方に設置された噴水の周りだけが僅かに色を濃くしていた。
 噴水の周囲は半円状の広場となっており、校舎へと続く道などのいくつかの道へ、木々や茂みなどのちょっとした森によって強制的に分岐している。

「入学会場はこっちー、こっちーだあ〜、ふぁあ〜」

 やたらと眠たげな上級生と思わしき赤髪の男が欠伸をしながら、矢印の書かれた看板を前に持ってそのまま寄りかかっていた。
 新入生の波はそれに従って左へ進んでいく、ジンたち一行もそれに従って進もうとすると、正面の道から風を切って近づいてきた黒い長髪の男性に声をかけられた。

「ジン」
「え? ……ひゃ、ひゃい!」

 ジンは非常に萎縮し、声を上ずらせながらもなんとか肯定の返事を上げた。
 傍から見るとその理由は、その男性が2m近い巨体を持ちサングラスをかけているのはもちろん、身に纏う研ぎ澄まされた剣のような雰囲気に気圧されてしまったのだと推測してしまうだろう。
 事実、腰には二本の剣を携えており、浅黒い肌に刻まれた傷と相まって、黒色のスーツを着ているにもかかわらずまるで今から戦いにでも行くかのようなに思えた。

「ひ、ひいっ」

 短い悲鳴を上げるとジンは一切の躊躇なく女性のツキの後ろに隠れた。女性のツキの後ろに隠れた。躊躇なく。 
 一方、レクスは男らしく、怯えている友人を庇って一歩前に出た。
 
「なんだてめえ? 人のダチ脅かしてんじゃねえよ」

 男性の方はというと、レクスが凄んだのに気を止めた様子もなく表情一つ変えずに口を動かした。

「ジン以外の他二人」
「は、はい!?」
「な、なんだよ」

 サングラスというフィルター越しにギラリと向けられた蒼い眼光に怯えて声を上げるツキ、そして毅然と睨み返すレクス。

「お前たちに用はない、行け」

 追い払うように右手を一振りすると、レクスは噛み付くように腕を振りかぶって足を踏み出した。

「あ、ああん!? なんだよてめえは急に! 何も聞かねえで俺らが、はいそうですかって行くと思ってんのか!?」
「ちょ、ちょっとレクスさん! ナチュラルに私を巻き込まないでくださいよ!」
「なんだツキてめえ、言われるままにダチを怪しいおっさんの所に置いてくつもりかよ?」

 怒りの牙を隠そうともせずに、声を荒げるレクス。
 単純に相手の態度に腹を立てたのに加え、彼は人情家のようで、出会ったばかりのジンの身を本気で案じているのが伝わってくる剣幕であった。
 それを理解したうえで、ジンは半ば反射的に体を動かしていた。

「レ、レクス! 知り合い、知り合いだから! 先行ってていいから!」

 おっさん発言をかき消すようにジンは大声で主張しつつ二人の間に躍り出て、レクスの背に手を置いて押すように前に突き出した。

「知り合いぃ? そうは見えなかったけどな」

 肩越しにいぶかしむようにジンを、というよりも男の方を睨み付けつつ当てつける様な言葉を投げかけた。

「ちゃんと知り合いだって、心配することないから。後から俺も追いかけるって」
「ほ、ほらほらジンさんもこうおっしゃってますし、早く行きましょう逃げましょう殺されないうちに」

 強面の男性にビビっているのか、顔を真っ青にしてレクスの手を必死で引っ張るツキ。
 一番ギリギリな発言をしているのは彼女であった。

「……ちっ、どうにも気にいらねえな」

 二人に急かされ、渋々といった風にツキに手を引かれて歩き出して、ジンはようやく胸を撫で下ろした。

「い、いやあすみませんガディさん」
「構わん、客観的に見て俺は奴にとって好ましくないのは当然だ」

 ガディと呼ばれた、ジンの知り合いらしき人物は年長者の余裕とでも呼ぶべき小さな笑みを浮かべるも、すぐに一転して無表情に戻るとジンに背を向けて歩き始めた。
 ついて来いという意味だと感じ取ったジンは大きな背を追って歩き始めた。
 そして校舎の全面ガラス張りとなっている玄関口、そこで足を止めるとクロウは向き直りサングラスを外して真っ直ぐとジンを見下ろした。

「変わったな」
「ま、まあ……」
「目に力がない、腕も女のように痩せ細っている」
「――っ!」

 やや乱暴に腕を取ると、表情こそ隠さないものの落胆の感情を言葉の端々に滲ませていた。
 手から力を抜き、愛想笑いを浮かべるジンを冷たく見つめた。

「どうやら、長い間塞ぎこんでいたというのは本当らしいな」
「ふ、塞ぎこんでたわけじゃないような、そうでもないような」

 掴まれた部分をさすりながら、明後日の方向に顔を向け誤魔化すように早口で適当な言葉を並べ始めた。

「いやあ、ぐうたら生活が最高だったもんで、ずるずるずるずると早五年、このままいけると思ったら追い出されてこんなとこにいたりしてですね」
「それで? 貴様はここでどうするつもりだ?」
「あー、ま、まあ……適当に、いい感じに? 生きていけたらなーと。というかガディさんこそ、ここで何してるんですか?」
「教師だ」
「へ、へー。そうなんですか意外ですねえ」

 次の瞬間にでも叩き斬られそうな圧力を肌でビリビリと感じながら、波風を立てまいとジンは必死であった。
 しかし、その言葉の全てが目の前の男を刺激しているなどと気づく様子もなかった。

「……この学園に推薦などというものはない、試験を受ける以外に入学する術はない」
「は、はあ? さようですか」
「われらが恩人であり恩師のユーリ先生、彼が頭を下げて貴様をここに入学させた。それを聞いてもそんな口を聞くつもりか?」

 ノーとは言わせないと暗に言っているようなものだが、ジンは何を意地になっているのか飄々とした態度を崩そうとはしなかった。

「恩を感じられるような奴が五年も引き篭もってたりしませんって」
「……ふん」

 見切りをつけたかのように背を向けると、クロウは一言だけ言葉を残した。

「だが覚えておけ。もし、貴様がそのまま腑抜けているようなら師の名誉にかけて……」
「あ、あはは……」

 音を立てて刃が見える程度に抜かれた直剣、その意味をジンは理解した。
 直接活を入れるなんて生易しいものではなく、文字通り、斬り捨てる。

「か、変わってないよ。五年振りでも変わってないよ、あの人」

 ぼそぼそと呟きながら、逃げるように会場へと足を進めた。
 その少し前に、舗装された道の外側、浅い森の中から、何かが走り去ったように音を立てていたのに意識が向いた様子もないままに。



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