所変わって入学式の式場。
 幕の閉められたステージから扇状に段差が広がっており、既に新入生たちの大半は前列の席に座っていた。
 ジンはシャンデリアの明りが照らす中を多少早歩きで降りていき、新入生たちの中では一番後ろの三列目に空席を見つけた。
 制服を着た男性の生徒に席を詰めてもらい、なんとか式が始まる前に着席することができた。

「……?」

 ジンは横目で席を広くしてくれた生徒の格好を見て、列車を降りてから兼ねて疑問に思っていたことを思い出した。
 自分、そしてレクスやツキも私服だったが、会場全体を見ると大体半々に近い割合で制服と私服に分かれていた。
 どこか物々しい、黒染めの男子の制服と、桜色のワンピース状の制服の上に、黒色の短い上着を羽織っていた。
 制服と私服、答えの出ない疑問に解答が出る前に会場全体が薄暗くなり、ぽつぽつと会話の声が途絶えるのに合わせるように、ワインレッドの幕が静かに引かれていった。

「ただいまよりノーデント魔術学園、第203回入学式を開会致します」

 ステージ脇の壁に取り付けられたスピーカーから、妙に若々しい女性、もとい少女のような声が響いた。
 喋り声などのざわめきが途絶え、誰もが皆中央へと意識を向けていた。

「では、初めにミスティリカ・ローゼンフレア初代学園長のご挨拶です」

 そのアナウンスを聞いて、ジンは皺が顔中に刻まれた枯れ木のような老人が舞台袖から出てくると無意識で、当然のように考えていた。

 しかして壇上脇から出てきたのは、ジンが想像していたものと百八十度異なる、背筋がしっかりと伸びた二十代前半の女性であった。
 藍色に染められたローブで身を覆っているものの、ウェーブのかかった桃色の髪は艶やかで、とても威厳などは感じられなかった。
 ジンは右左と目を泳がせるも、誰一人として動揺しているものはいないことから、彼女が本当に学園長などなと認めざるを得なかった。
 学園長は式壇の後ろに立つと、マイク越しに凛と声を彼らに届けた。

「皆様ご入学おめでとうございます」

 祝辞の言葉を述べると、学園長は翡翠の目を動かして、ゆっくりと新入生たちを見回した。
 その視線がジンを中心に捕らえた時、彼は自分の全てが見透かされているような、息の詰まる感覚を覚えた。
 そして彼女は正面を向いて薄く微笑むと、一言一言静かに、厳かに言葉を紡ぎ始めた。

「私は丁度二百回、新入生が年を経て卒業していく姿を見送ってきました。誰もがあなた達のように、希望や不安、様々な想いを抱えていたことでしょう」

 二百回、二百歳以上? 新たな疑問がジンに生まれるが、彼女の姿からは真実を推測することは叶わなかった。

「目指す道が明確な人はそれに向かってしっかりと迷いながら歩んでください。まだ道が定まっていない方は、ただ歩き出してみるのもいいでしょう。その内に、必ず見えてくるものがあるはずです」

 言葉を右から左に流していると、ジンは不意に視線を感じた。そして、壇上の彼女と目が合った。
 確かに彼女は生徒全体を見渡しているように見えるが、ジンには自分だけを見ているようにしか捉えられなかった。

「歩き出すことができない方は、ただ流されるだけでも構いません」

 一つ目と二つ目は不特定多数に、三つ目は特定の彼に向けられていた。
 その彼は蛇に睨まれた蛙のようになっていたが、彼女の視線が外れると同時に大きく息を吐き出していた。

「何をしたとしても、今から三年間、あなた達がすることに無駄なことは何一つありません。ただ一つだけ覚えていてください。今、横にいる人は未来の同業者ですが、それまでは同じ学園の仲間です。潰し合うのではなく、互いに高め合える良き友人、良き競争相手になってもらえるように願っています」

 新入生全員が学園長の言葉に聞き入っていた。
 その言葉に沿って生きられるかは分からないが、聞き逃すことは許されない。そんな雰囲気を皆が味わっていた。

「そして、これから話すことが最も重要なことです、さきほどまでの言葉の全てを忘れても、これだけは覚えていてください……」

 深い前置きに、若き学徒たちは一様に姿勢を正し次の言葉を逃すまいと構えた。
 そして学園長は柔和な微笑みを浮かべると。

「隣国のミュセール姉妹校の生徒は友人でも競争相手でもありません、敵です。ぶち殺がしてください」

 ざわりと。
 静かなどよめきが会場内に広がった。

「交流試合では半殺しで構いません、私が許します。あんのおクソじじい様に目にもの見せてやってください」

 笑みの裏に何かどす黒いオーラがちらちらと見え隠れし始めた時、舞台袖から正装の男性が数人中央へ駆け出してきた。
 スピーカーから僅かに、ご乱心と言う単語が漏れていた。
 学園長はマイクを両手で握り締め、遂に顔を険しくさせ始めた。

「いいですか! 平和の苗木(ピースプラント)に我々、伝説の卵(レジェンドエッグ)が格上だと見せ付けるのです! クッ、離しなさい! まだ言うべきことが――!」

 先程まで威厳を見せていた学園長は、両腕を掴まれ、目をバッテンにして足をばたつかせながら舞台裏へと引きずられていった。
 あの浮気者の教え子は全部敵だ、私が絶対の正義だ、などと訳の分からないことを叫び、最後まで爪痕を残していた。

「……うわあ」

 ジンの口から、他の人の口からも、ほとんど同じような言葉ともいえない言葉が吐き出されていた。
 いろいろな意味で忘れられない言葉になってしまったのは確かなようだ。

「ご静粛にご静粛に……まったく、毎年毎年もうしないって言うから出してやってるのにあいつは……」

 静かに愚痴った言葉なのだろうが、スピーカーから聞き取れる程度の音量でその言葉は伝わってしまっていた。
 毎年やってるんだ。ジンは、皆は思った。呆れによって、確かにご静粛になった。
 そんな事は知らぬまま、アナウンスの人は進行を再開した。

「次に新入生代表挨拶。リーアルト・エルベステさん、壇上にお願いします」

 はい、鈴の音のような声が乱れつつある式の場に響き渡り、ただの二文字で空気を一変させた。
 ステージ脇から壇上へと昇ったのは、制服を、男子の制服を身に纏った少女であった。
 灰がかった薄紫色の細く長い髪をなびかせ、エメラルドグリーンの瞳を僅かも揺らすことをないままに式壇に立った。
 ジンの印象は何故か中途半端な男装をした少女、であった。
 年頃らしい髪飾りなどこそしていないものの、顔立ちは幼く、髪はサイドも胸あたりまで伸びていて、その胸のふくらみも特に隠そうとはしていなかった。
 変な子だというジンの思考とは裏腹に、前方の制服の少女二人がこそこそと会話しているのが聞こえた。

「エルベステ様よ、本当にお美しい」
「ええ、流石は世に二人といない七属性の担い手ですわ」

 付け加えるのなら歴史上二人といない、なのであるがジンは明日の天気でも聞いたような様子であった。
 彼に吹き出しをつけて言葉を足すなら、へーそうなんだ、ふーん。
 これ以上ないほどに適当な男なのである。
 人類史上で最多の保有属性が二種類であった、という事実を知りもしないから仕方がないなんて話ではない。
 おそらく知っていても同じような反応をしているのだろう。

「新入生代表、リーアルト・エルベステ」

 始まってしまえば挨拶は極々普通なものであった。
 一つ前の学園長と比べるまでもなく、定型文を引っ張ってきたような慎ましいものであり、ジンは早々に睡魔に誘われ夢の世界へと旅立っていた。



 その後は在校生代表の挨拶、校歌斉唱等々、特別変わったこともなく閉会へと進んでいった。

「では、これで第203回ノーデント学園入学式を終了致します」

 そして、全ての行程が終了すると初めにおきた喧騒はなんだったのかと言うほどに引き締まった空気は弛緩し、皆思い思いに言葉を発しだした。
 それをあえて静めることもなく、アナウンスは続いた。

「これより講堂横に併設されておりますカフェで、入学を記念したパーティーが催されますので、可能な限りご出席願います」

 入学を祝ってのパーティーとは豪勢なことである……が、ジンは思った。
 帰って寝ようと。
 だらだら生きるの大好き君、それが彼。

「繰り返し伝達します――」

 そのアナウンスが終わる間もなく、ジンは隅っこの席と言う利点を生かし、立ち上がるや否やすぐに階段を抜き足差し足、加えて早足で昇っていった。
 分厚い両開きの扉を開けると赤い絨毯の敷かれた白壁の広い廊下、ここから左に曲がればカフェ二階の扉があるのだが、我らがジンは直進して外へ出ようと思っていた。
 思っていたのだが……。

「ふっ、毎年……お前みたいな奴がいるぜ、ベイベー」
「ひっ」

 目の前には案内板を持っていた赤髪の青年が立っていた。
 ……立て看板を頭上に振り上げて。

「くらえ! 青春攻撃!」
「ま、待って――!?」

 次の瞬間には、見事にジンの意識は刈り取られていた。



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