カフェ……と、一般人が額面通りに言葉の意味を受け取るには難しいほどに広い施設。
 金糸で刺繍が施された赤絨毯の上にはシルクのテーブルクロスがかかった円形のテーブルがいくつも見受けられ、鮮やかな花々を中心にして見るからに豪勢な料理が所狭しと敷き詰められていた。
 小さなバルコニーが壁沿いにいくつも備えられている二階は吹き抜けになっており、手すりに黄金の卵のオブジェの飾られた末広がりの階段は嫌でも目に入るほどに目立っていた。

「……はあ」

 そして、ジンはシャンデリアなどの照明で橙色に照らされた壁に寄りかかって溜め息を吐いていた。
 彼が右に目を向ければ朗らかに話している正装の男子たちにドレス姿の女子たち。左に目を向ければ同じようにグラス片手に楽しそうにしている学生諸君。
 中央に目を向けてみれば、くるくると、組み合った男女が音楽に合わせてワルツを踊っていた。
 ジンは思わず乾いた笑みを浮かべてしまった。

「…………」

 率直に言って、ジンは浮いていた。
 彼は正装こそしているものの、相も変わらず全身に寒色のベルトを巻いているのである。
 それ以上に、彼自身がこの場の浮ついた空気に馴染もうとしていないというのも十分な理由ではあるが。
 元々こういった華やかな場に慣れている者達は自然体で、慣れていない者たちはぎこちなくもそれなりに楽しんでいるようだ。

 ジンは自分を殴って連行した赤髪の先輩の言葉を、シャンデリアの明かりをぼうっと眺めながら思い出していた。

『大いに楽しめ、青春を。己の全てを賭けて、全力で駆け抜けるんだ……そうさ、お前がこれから築くのは、決して取り戻せないバーニングストーリィ……何よりも、熱い……メモリィ』

 ジンは上の空のまま誰に聞かせるでもなく言葉を漏らした。

「春先だし、ああいう人が増えてるんだろうなあ」
 
 お花畑先輩に着替えも没収されている以上、更衣室で着替えておさらばというわけにもいかないから、壁の花になって時間を潰し続けよう。
 それが現在のベルト野郎の計画であった……が。

「あ、あのあの、お暇でしたら……私とお話でも」
「あ、いや、お忙しいです」

 純白のドレスに身を包まれた少女に声をかけられるもジンは壁から背を離し、そそくさと移動するのであった。そして人混みに紛れてまた別な位置で壁に背をあずける。
 実にこれで三回目の移動である。
 ベルト野朗ジン、見てくれはベルトまみれだが、なかなかどうして顔立ちは悪くないのである。中身を知らない可憐な蝶々たちは、その外見に惑わされて愚かにも寄り付いてしまっている。
 パーティーではない平常時でならジンはまともに対応していただろうということが彼女たちの不幸であり幸福なのかもしれない。

「もういっそツキかレクスでも探そうかなあ」

 癖なのか、独り言を呟くと顔を上げて最小の動きで周囲を確認した。
 彼の目を引いたのは、新入生代表のリーアルト・エルベステであった。華やかなドレス姿ではなく、男装をしていたのに加え、彼女の周囲にはやたらと人が集まっていた。
 「以後お見知りおきを」だとか「是非ともご交友を」だとか、やたらと畏まった、言ってしまえば学生らしくない雰囲気であった。
 リーアルトも手馴れたように微笑を作っていたので、ジンは大して気に留めた様子も無く二人を探して宛てもなく歩き出していた。
 舞踏スペースに立ち入らぬように、大きくUの字を描いて壁沿いに覇気を感じさせない様子で歩幅小さく歩いていると、人壁の向こう側から聞き覚えのある声がジンの耳に入った。

「い、いえ、私はそういうのはその……得意ではないと申しますか……」
「ご遠慮なさらず、これから共に学ぶものとして是非友好を深めようではありませんか」
「仲良くなるのは別段やぶさかではないのですけれど……」

 ジンはベルトを引っ掛けながらも人波を掻き分けてみると、そこには緑髪を切り揃え、どこかハイソな雰囲気を漂わせた男子と薔薇のあしらわれた桃色のドレスを纏ったツキが向かい合っていた。
 もとい、ツキは一歩引いて、笑顔こそ崩していないものの、それはプラスの方向性の笑みでないことは傍から見ても明らかであった。
 ここでジンがレクスだとしたら、ノータイムで堂々と割り込むのであろうが、ジンはジンである。割って入ろうとはするものの、一歩踏み出すのが僅かに遅かった。

 結果、助けを求めて視線をさまよわせていたツキに見つかったのであった。
 その瞬間、彼女は流れ星を見つけた子供のような満面の笑みを浮かべると、ヒールの音を鳴らせ真っ直ぐジンの腕を取ると緑髪の彼の方を見て一言。

「すみません、私、お友達と約束していたもので」
「ああそうでしたか、それは失礼を」

 白い歯を見せて爽やかに立ち去り、その場は収まったように見えジンは事情が分からぬままにとりあえず、ほっとしたのも束の間。

「ではジンさん、申し訳ないですけどお付き合いくださいね」
「は、はい?」

 ツキに腕を引かれるままに向かった先は、ついさっき自分には絶対に縁がないとジンが笑い飛ばした中央の空間、舞踏場であった。

「あ、あの……ツキさん?」
「ごめんなさいジンさん! あの方に一緒に踊らないかって誘われて困ったちゃんになってしまっていたのですよ」
「そ、それで?」
「そのですね……建前上でも行わないと、あの方に申し訳ないので……お願いできませんか?」

 手を下で組んでもじもじと言い辛そうに体を揺すりつつも、ツキの潤んだ瞳はジンを見上げて真っ直ぐと彼に突き刺さっていた。
 とてもではないが、断るのは簡単だとは言えない仕草と言葉である。

「俺ならいいと?」
「はい、ジンさんはお友達ですから、私判定でギリセーフです」
「いや、しかし……踊りとなると」
「ぶー、電車酔い治してあげたじゃないですか」

 あまりのジンの煮え切らなさに、ツキは視線の意味を懇願から別の意味に変えつつあった。
 ジンは流石にそれに気づき、電車酔いまで盾に取られてしまったため、拒否の言葉を出せるはずも無く。

「……お手をどうぞ」
「はいっ」

 いたずらっ子のような笑みを浮かべながら、ツキは差し出されたジンの左手を取った。

「でもジンさん、一つ問題があるんですよ」
「うん?」
「私、踊ったこと無いです」

 そうは言われても、引きこもりキングたるジンにそのような社交性溢れるスキルを期待するのはお門違いと思われるが……。

「経験は無いわけではないから、ある程度任せてくださいな」

 意外にも、ジンは手馴れた動きでツキの腕の下から自分の右腕を通して、彼女の背中に手を当てた。

「ひゃん!」
「ぎゃあ!?」

 クラシックな弦楽の演奏の中に場違いな悲鳴が二つ響いた。
 ツキは驚いて声を上げ、逃げるように咄嗟に出した前足がジンの足の甲に重なったのだ。
 彼女はヒールを履いていた。
 圧力。

「す、すみませんジンさん! へ、平気ですか?」
「……な、懐かしいと思うくらいに慣れてるから……大丈夫」

 痛みで……というよりも嫌な過去を回想しているかのような強張った笑みで、冷や汗をにじませながらジンは答えた。
 そしてまた同じように、今度は一声かけてからツキの背に手を当てた。

「それで俺の肩に左手を乗せてもらって、あとはこっちの動きに合わせてくれれば」
「は、はい! 踏まないように頑張ります!」

 息がかかりそうなほどに密着した状態で、ジンの足の動きに合わせてツキは足を前後左右にたどたどしくも必死についていった。
 そして周囲のペアの動きに溶け込んだ頃、ツキはぽつりと言葉を発した。

「なんだか、ジンさんと踊ってると安心感がありますね」

 出会って初日、こんな事をこの状態で言われれば、好意があるのではと勘繰っても仕方が無いが、ジンはその原因を知っていたため冷静に言葉を返した。

「……持ち手があるからじゃないか?」
「……ああ、なるほどですね! ふふっ」

 ツキは大いに得心を得たようで、面白そうに小さく声を上げて笑った。
 そう、ジンには肩にも持ち手があるのだ。ベルトという名の。
 ダンスに不慣れなツキは無意識で掴んでしまっていたようだ。

「それにしても、やっぱりベルトさんですね」
「不本意ながらな」
「それで不本意って言われても説得力ありませんよ?」
「…………」

 ジンはあっという間に無口になってしまった。
 彼の姿を鑑みれば、何も言えなくて当たり前としか言えない。

「別の話をしよう」
「そうですねえ……ジンさんって、女の子みたいに細いなあっていうのはどうですか?」
「…………」

 ジンはまた無口になってしまった。
 その隙を突いて、ツキの左手は瞬間的にジンの腰に回された。

「ほ、細っ!? なんですかコレ!?」
「い、いや! やめてくださあい!」

 ダンス中に女子が男子にセクハラという訳の分からないことが起こっていたが、ツキは足を止めることなく得心したように頷いていた。

「なるほど、これほどの体つきなら顔色一つ変えずに女人の体に触れられる訳です。俺に比べたら全然大したこと無いってことですね」
「被害妄想はやめてください、離してください」

 ジンは泣きそうになっていた。
 手を戻したツキはどこか尊敬した風にジンを見上げていた。

「別の話、もっとなんか色気もへったくれもない話をしよう」
「そうですねえ、ジンさんは何か聞きたいことありませんか? 魔族も知らない世間知らずさんに、今ならいろいろ教えちゃいますよ?」
「聞きたいこと……」

 知らないことが非常に多いため、厳選するのに一考し、ジンはゆっくりと口を開いた。

「なんで制服と私服で別れてるのか教えてください、ツキ先生」
「いいでしょう。身も蓋もなくズバリ言ってしまうと、庶民か否かですね。私服は庶民側です、中には上流階級の方も相当数いますけれど」
「上流階級?」
「ええ、中でも二世代以上前から魔術師をやっている家系はほとんどが制服さんですね」
「……?」

 それでどうして制服になるのか、ジンの顔にはっきりとそう書かれていた。

「一からお話致しますと、五十年位前までは魔術師と言えば、魔物のいる未開拓地帯に赴き魔術を用いて危険を排除して開拓を進めるのが生業でした。そしてそのままその街を治める統治者になるのが通例で、単純に強力な力を持つ開拓者という立場でした。当時は魔術も世襲だったのですが、二百年前に魔術学校が設立されて…………どうなったと思いますか?」
「ええっと……皆に魔術が広まった?」
「残念ながらさんかくです。皆と言っても、貴族様たち同士が魔術の知識を共有するために設立させて、尊い血を受け継いだ者達だけに教える形で、広く門が開かれていたとは言えませんでした」
「それで?」
「それでですね、五十年ほど前に魔術の知識なんて欠片もない庶民の天才エリア・メイルによる魔導機の発明を機に、魔術は闘い以外にも広く利用されるべきであるという主張が大きくなったわけです……その、流石に魔導機は知ってますよね?」
「バカにしないでください」

 さしものジンも知っている魔導機。
 人が体内中の魔素を心臓を通して魔力に変換する。このプロセスをエリアストーンという魔石によって、大気中の魔素を魔力に変換させる。
 そしてこのエリアストーンを動力に動く様々な機械を魔導機と呼ぶのである。
 エリアストーンからは魔術のような複雑なものは発動できないが、単純に魔力を放出し火や雷、水などを生み出すことができ、水道設備の改良、電車、電灯、調理器などなど、人類の文化を飛躍的に向上させたのである。

 そんなものを知らないと思われるほどにジンは常識に欠けているのであった。

「それ以来、学園長も昔々から契機を伺っていたようで、広く大衆を集めて魔術の可能性の発展に努めたわけです。その結果魔族も受け入れて協会と疎遠になりましたが……まあそこは割愛です。続けますと、同時に学生会が二つに分離したんです。言わば伝統主義と自由主義の対立ですね。まあ、時代の流れに負けて三十年前に現在の自由主義な学生会だけが残って、制服を廃止したわけですよ」
「でも制服の人はいると?」
「ええ、まあ服装自由ですからね。昔から魔術師の血族の方は魔術は選ばれた人間だけが使うべきだと言う古い考えに支配されているわけです。制服は自分たちは特別だと言う意思表示ですね。ぶっちゃけ古いです」

 ツキの瞳は珍しく小馬鹿にしたように怪しく光っていた。
 ジンは胸にするりと疑問が落ちたのを感じ、お礼を言おうと思った瞬間、後ろに足を動かしたと同時に背中に大きな衝撃を感じた。

「おっと」
「あっ……」

 前のめりになりながらもかばうようにツキを強く抱き寄せたことで、二人は文字通りおでこがくっつくほどに接近していた。
 ジンはとっさに足を止めるもそれ以上体が動かず、瞬きを繰り返す。
 ツキは微笑むことで作り出していたポーカーフェイスが崩れ、口を半開きにして真っ赤になりながら目を見開いていた、

 そのまま時でも凍ったように二人は固まっていた。
 吐息を重ねあい、視線を交わしあい、鼻先さえもぶつかりそうであった。

 ……が、タイミング良く、もしくは悪く演奏が終わり周囲の空気が変わったことで、それに合わせるように二人はぱっと体を離した。

「わ、悪い。俺の不注意で」
「い、いえいえ私こそ誘ったせいで変な空気にしてしまって……」

 途端に居心地の悪い雰囲気が二人の間に流れると、ジンは大きく息を吐くと一言言葉を発した。

「……よし、今後のためにも今のはなかったことにしよう」
「そ、そうですね。それがいいです」

 曖昧に笑い合い、人の輪の中に戻ろうと二人は足を進めようとした。
 しかし、聞き覚えのない男の声が冷たく降り注いだ。

「待て、そこの二人」
「は、はい?」

 ツキがおっかなびっくり振り向くと、そこには黒縁の眼鏡をかけた栗毛の男が釣り上った目を突き刺すように二人に向けていた。
 女性と腕を組んでいるあたり、二人と同じようにダンスを踊っていたようである。

「彼女と楽しんでいたら、随分と面白そうな話が耳に入ったものでな」
「あ、いえ……その、客観的な歴史背景を語っていただけと言いますか……」
「なるほど、客観的に見て我々は古い……と」

 男は指で眼鏡を上げると、ツキの胸元、短剣のアクセサリーを一瞥して侮蔑するように吐き捨てた。

「神官にもなれない出来損ないが、よくもまあ吠えたものだ」
「そ、それは……」

 ツキは目を背け、隠すようにアクセサリーを握りこんだ。
 すっかり萎縮してしまった彼女の前に、ジンは躍り出る……というには腰を低くしてへつらうように笑っていた。

「い、いやあ、その……高貴なお方とお見受けいたしました。僕らのような塵芥と騒ぎを起こすことはないのではないかと、その僭越ながら申し上げさせていただきたくですね」

 そう言いながらジンは促すように目線を動かすと、確かにまだ少数ではあるが視線が集まり始めていた。
 男は目を細め、足を前へと動かした。

「貴様の言うとおりだ、この祝いの場でつまらない騒ぎを起こすほど、シュテルム家の名は安くない」

 女性を連れて悠然と人混みの中に消えたのを見て、ツキとジンは大きく肩を落とした。

「こ、怖かったです。口は災いの元ですね」
「話の通じる相手で助かった……」
「……ふう」

 ツキは気を取り直すように大きく深呼吸をすると、また明るい笑顔を取り戻していた。

「ではでは、私は友達の輪を広げに行こうと思いますけどジンさんもいかがですか?」
「いや、俺はいいや。ちょっと休むよ」
「そですか、それじゃあ、お付き合いしていただきありがとうございます! また後か明日お会いいたしましょう」
「ああ」

 大きく手を振って消えていくツキをジンは小さく手を振って見送った。
 そしてジンは道中テーブルからワイングラスを一つ取り、定位置の壁へと戻った。
 喉を潤すようにワインを口に含ませ、彼はようやく一息ついた。

「あのお、私と一曲いかがですか?」

 それも一瞬のこと、ジンに再び声がかかった。
 しかしジンは一瞥することもなく、グラスの中で揺れる液体を見つめたまま口を開いた。

「悪いけど、そういう気分じゃないな」
「あらあら、酷い子ねえ。さっきまで楽しそうに踊っていたくせに」
「はい?」

 その言葉に初めて目を向けると、ローブで顔を覆い隠した頭一つ小さい少女が手を後ろに組んで同じように壁に寄りかかっていた。
 しかし、ローブから流れ出た桃色の髪、そしてちらほらと覗く翡翠の目、その二つにジンはとても見覚えがあった。

「が、がくえん――」
「しーっ」

 指を一本立てると、少女ことミスティリカ学園長はジンの言葉を止めた。

「くすくす、意外にバレないものよね」
「は、はあ……え、えっと…………俺に何か御用ですか?」
「あると言えばあるし、ないと言えばないわね」

 不透明な物言いにジンは全く学園長の意図を掴めない。
 それを察しているのかいないのか、ジンに構わず彼女は勝手に話し出した。

「あのユーリが私に頭を下げて入学させた子だもの、気になって当然じゃない?」
「ユーリ先生のことをご存知なんですか?」
「ええ、だって彼は私の教え子の一人よ?」
「お――!?」

 学園長の見た目は二十代前半も前半、かなり多く見積もっても後半である。一方でジンの記憶にあるユーリ先生は、年相応に皺の刻まれた顔や手、正確な年齢こそ記憶にないものの八十近かったのではとおぼろげに浮かんでいた。

「そ、その……おいくつなんですか?」

 無礼な質問であったが、学園長はニコリと笑うと自然に答えた。

「二十歳よ?」
「え、いや、でも……」
「二十歳よ?」
「いや、だって……」
「二十歳よ?」
「ですから……!」

 進めない会話にジンは声を荒げそうになるが、次の瞬間にピタリと止まることになった。

「ねえ? ミスティ、物覚えの悪い子は嫌いよ?」
「あ……はい」

 喉元に口から刃を捻じ込まれたような、そんな恐怖にジンの毛は全身逆立っていた。

「まったく、ユーリはもっと教えることが他にあったでしょうに。相っ変わらず、魔術以外は二の次なんだから」
「そ、そうなんですか?」
「ええ、だから身寄りのない子供たちを集めだしたって聞いたときは驚いたけどね。あの冷血漢に何があったのかって」
「…………」

 ジンの記憶にある先生は、いつでもいつだって優しい人だった。
 孤児院にいた自分を引き取り、たくさんの兄弟たちという家族もくれた。今朝に再会したガディもその中の一人である。

「…………先生」

 ジンは横に学園長がいるのも忘れ、グラスの赤い水面を見つめたまま過去を振り返っていた。
 一人からたくさんになって、兄弟であり仲間でもある、特別な四人の仲間がいた。
 山の中、深い森に囲まれて毎日きままに走り回り、十歳にもならないうちに覚えたての魔術を使って魔物を狩って、いっぱしの魔術師を気取っていた。
 そのまま成長して、五人で最強のチームになると信じていた。
 そう、五年前までは。

「…………ラムダ」

 五人は四人になった。
 四人は三人に、三人は二人に……そして、ひとりぼっちに戻ってしまった。

 赤い水面、そこに投影されたかつての森は、血に沈んだかのようにどこまでも暗く深い赤色で、そして――。

「んっ!」

 そして、嫌な記憶をこれ以上思い出したくないかのようにグラスを傾け、残りを全て一飲みしてしまった。

「……あら、意外に根は深いのね」

 学園長がそう言うと、気のせいか壁に映るジンの影から何か学園長の影に移ったように見えた。

「まあ時間は長いから、のんびり考えなさいな、のんびり考えてもいけないかもしれないけど」
「は、はい?」

 ジンは意味深な学園長の発言に首をかしげることしかできなかった。

「新しい友達とただ学園生活を楽しむのもいいかもしれないし、よくないかもしれないわね」
「……どっちですか」
「おほほ、悩みなさいな若人君」

 結局何一つ答えを出さないまま、学園長はローブを揺らしながら人垣の中に消えてしまった。ジンはそれを皆よく気づかないものだと、能天気にそう信じ込んて見送っていた。
 彼はここが魔術学園だということをまだ理解しきっていないようである。

「…………はあ、久々に思い出したな」

 空のグラスに目を落とすと、テーブルに近づきまた新しいワインを仰ぎ飲んだ。そして嫌なことを忘れるようにまた一杯。
 昼であり、翌日から授業ということもあり、普通はそれこそ嗜む程度に済ませるべきというのが共通の認識のはずだが、ジンにその理屈は通用しなかった。
 さらに、彼はあまりアルコールに強い性質ではない。
 結論を言うと、その日彼は酔い潰れた。



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