小説欄の賑やかしとして載せてみました。
一年くらい前に書いた短編小説です。一応連載で昔は考えてたりしたので、微妙に話がわかりづらかったり。
時間が空いて読むと、恥ずかしい、でも続きは考えてあるそんな作品です。
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 今日、俺の人生は変わるんだ。


 アメリカの病院に移って二年、やっと移植できる心臓と体力が備わった。
 生まれつき心臓の病気で日本でもずっと入院生活だったけど……。


 そう、やっと俺の人生は始まるんだ。


 日本に帰ったら高校受験をして、入学したら部活して友達を作って一緒にゲームセンターとか行ったり。
 そんな夢がやっと叶うんだ。


 手術室に入る前の俺との決別を。


 ぼんやりと麻酔で意識がかすむ中光っているライトを見つめながら、僕は今までの自分に別れを告げた。


 さよなら俺、よろしく僕。


 そして俺の意識は完全に闇に沈んだ。





 夢を見た。

 ひたすらに白い空間の中、少し先に赤い水が流れている一本の川があり、黒い髪を持ち血色の悪い、入院服を着た俺が僕に大きく手を振っている。
 視界の端でずっとずっと向こうからぼんやりと一隻の木製の船が流れてきているのを見つけた。

 しだいに近づいてくる船。その船の上で一人の長く白い長髪を持ち青と白のゴスロリを着ている少女が三角座りをしていた。

 俺の近くで船が止まると「さよなら、元気でね」その言葉と共に少女と入れ替わりで俺は船に乗り込み、再び船は赤い川を流れていった。

 少女が一歩一歩、真っ赤な宝石のような目で俺の目を見つめながら近づいてくる。
 目の色とは対照的な青いスカートをひらひらと揺らしながら一歩一歩と近づいてくる。
 綺麗に透き通った白い肌、それに見惚れている間に少女はいつの間にか俺の目の前まで来て口を開いた。

「私の心臓であなたの人生は破滅する」

 真っすぐと右手で俺の事を指差して彼女はそう言った。

 これは夢だと理解した瞬間にふっと体が何かに引っ張られるような感覚がした。







(おめでとう!)

 意識が戻ると、僕への祝いの言葉と思われるものが降りかかった。
 それはさながら雨のように、十や二十じゃ足りないほど多くの人からの言葉だった。

(おめでとう!)
「…………?」

 おかしい、僕の真横その一点からのみ声が聞こえる。
 まさかサーカスの曲芸のように何人も重なっているわけでもないだろう。
 静かに目を開き薄目で横をちらりと見た瞬間、僕の眼は大きく見開かれることとなった

「――――!?」
(おめでとう!)
(おめでとう!)
(おめでとう!)

 訳が分からない、僕は一種の思考停止状態に追い込まれた。

 横の棚の上に、大きなガラス製の花瓶があって、そこには色とりどりの花が活けられていて、揺れながら僕に祝いの言葉を投げかけていた。
 口もないのに頑張るなあ、そんな思考の放棄をしてしまいそうになる。

(おめでとう!)

 体の下からも声がした。
 これはベッドからだろう。

(おめでとう!)

 窓がある方向からも声がした。
 首だけ向くとカーテンが揺れ動き、窓がガタガタと揺れていた。

(おめでとう!)

 全方位からのおめでとうコールが降りかかってくる。
 
(おめでとう!)

 ナースコールまでもがおめでとうコールに参加していた。

「夢だ」

 僕は小さくそう呟いて、再び目を閉じた。

 
 僕の人生は紛れもなく変わった。








 あれから半年、リハビリを重ね日本に戻って今日は念願の入学式だ。

「Yシャツ、ボタン」
(あらほらさっさー)

 僕がそう一声かけると、よく分からない掛け声とともにボタンが掛けられていった。

「ブレザーもよろしく」
(ガッキーン!)

 茶色のブレザーを羽織ってそう言うと、ロボットの合体のような効果音を声に出してボタンをしてくれた。
 僕はそのまま僕よりも少し小さい鏡の前に立った。

「おかしいところは……ないよな?」
(ええ今日も私はパーフェクトです)
「お前じゃない僕だ。叩き割られたいのか?」
(よくお似合いですよ紫音坊ちゃま)
「それでいい」

 鏡の返事に満足した僕は鞄を持って木製の扉を開けた。

(ちょ!ご主人!俺!俺!)

 下に視線を落とすと、黒いシャーペンがコロコロと絨毯の上を転がって僕の下まで来ていた。

「今日は入学式だからいらないんだけど」
(備えあれば憂いなし!生まれたときからの付き合いじゃないですか!)
「それは僕の懐中時計な」

 僕は溜め息を吐きつつ、シャーペンを拾って学生鞄の隙間から中にねじ込んだ。

(マスターと私は正確には出産後から十分と二十三秒後からのお付き合いです)
「流石ですね」

 胸ポケットから垂れ下がっている最強のスケジュール帳こと懐中時計に若干の呆れを抱きながら、今度こそ僕は扉を開けてリビングへと向かった。

「おはよう母さん」
「おはよう紫音、うん。カッコイイわよ」

 母さんは俺の事を上から下まで見てから、一つ頷いてそう言った。
 それに追従する形でキッチンの道具たちが(カッコイイ)と姦しく騒いでいる。

「朝ごはん運んで頂戴な」
「お、おーけー」

 俺が躊躇いがちに食事の乗ったお盆を持つと、乗っているご飯、味噌汁、魚、野菜、彼らが一斉に叫び出した。

(食べないでよー!)
(僕はおいしくないよー!)
(食べたら呪ってやるー!)
(豆腐ですが、賞味期限が三日過ぎてます)

 一つだけ聞き捨てならないものがあった。

「母さん、この豆腐賞味期限切れてない?」
「あら知ってたの? 大丈夫大丈夫、紫音は丈夫な子よ」
「母さん、半年前までの僕知ってる?」
「うっうっ、ごめんなさい! 母さんがあんな体に産んじゃって――!」

 エプロンを目に押し当てて、母さんはそう泣き出した。
 急に空気を重くするのはやめてほしい、 正直に言うとすっごい面倒くさい。

「そう思うなら賞味期限切れの入れないでよ」
「もういつからこんなわがまま言う子になったのかしら!母さん悲しい!」

 打って変わって腰に手を当てて怒りだすマイマザー。
 このまま続けてたら初日から遅刻してしまいそうだ。

「愛してるよ母さん」
「母さんもよ紫音」

 どこぞのアメリカンホームドラマかのような言葉でこの時間がやっと終わった。




 阿鼻叫喚、口から聞こえる米粒たちの悲鳴の中僕は食事を終えて家を出た。

「遅刻しそうな転校生にぶつかる、あのシチュエーションは本当にあるのだろうか……」
(マスター、アレは創作物かと)
「コンクリートの壁、そこんとこどうなのよ?」

 ずっと道に沿って続く白く塗られた彼にそう尋ねてみた。

(車が衝突するのなら見た事あるよ)
「それは心ときめくと言うより、心臓跳ね上がるだな」

 この世の無情さを感じつつ僕は学校までの道を歩いて行った。
 途中でやたら煩い信号機がいたり、人を轢きたいとか叫んでいるパトカーとすれ違ったり、朝から疲れる通学だった。

「違う、僕の思い描いていた通学はこんなんじゃない。もっと青春っぽいモノなんだよ」
(例えば何でしょうか?)

 懐中時計の問いに僕は入院生活十数年で思い描いていた一番の夢の一つを語った。

「入学初日に校門で運命の人に出会いたい」
(乙女ですか、あなたは)
「少女漫画もたくさん読んでるからな」

 入院生活を彩る素敵アイテムの一つ、少女漫画。
 僕もいつかはあんな恋をしてみたいと胸をときめかせながら読んでいたあ。

(例えばあんな感じの子ですか?)
「ん?」

 いつの間にか校門の前、僕が顔を上げると僕の胸は高鳴った。

(乙女ですか)

 深い茶色のロングヘアー、前髪はパッツンとほぼ均等な長さに切りそろえられておりとても可愛らしい。
 サイドから肩まで伸びるウェーブのかかった髪が茶のブレザーによく似合っている。
 そして目、ぱっちりと開かれた茶色い目。
 その全体的に落ち着いた色合いは、お嬢様らしい気品を感じさせた。

「……?」

 ちらりとこちらを見て、彼女はそのまま校門から学校の敷地内へと入っていった。

「俺は彼女と同じクラスだ」
(マスター、一人称戻ってます)
「僕は初めて運命という物を感じたよ」

 ベルが、僕の胸のベルが鳴ったよ。
 母さん、朝は面倒とか言ってゴメン。産んでくれてありがとう。

「これが学校、青春溢れる若者が集う場所」

 思わずごくりと喉を鳴らしてしまう。
 僕みたいな人間が入ってもいいのか、そんな不安感と怖れを抱きながらじりじりと歩みを進めて行った。

 あと一歩で敷居を跨ぐ、そんな瞬間に後ろから誰かがぶつかってきた。

「何とろとろ歩いてんだよ」
「のわっ!?」

 自然と踏み出される足、何の感慨もなく学校に入った足、これはきっと何かの間違いだ。

「おらどけよ」
「…………」

 放心する中、横に肩を押されてよろめく僕。
 そして後ろから金髪でピアスをした背中に金で竜の刺繍を入れた男が出てきて、そのまま通り過ぎて行った。

「この辺で一番金かかる私立のはずだよな、ここ」
(金持ちが全員良い子ちゃんな訳じゃありませんよ)

 そう言うもんかと頷きつつも、僕はある一つの事実に心が躍っていた。

「しかしまた一つ夢がかなった」
(え?)
「不良に絡まれる、この学校じゃできないと思ってた体験だよ」
(マスター、いくつ夢があるんですか)
(僕一冊分はあるよ!)

 鞄の中から一つ声が上がった。

(持ち歩いてんですね)
「すぐに書き足せるようにしとかないとな」

 気を取りなおして、僕は再び歩みを進め始めた。

(入学おめでとう〜)

 道なりに立っている桜の木が僕を祝福してくれている……のだが。

(気合いだ!気合いでくっ付け!まだ散らん!散らないぞおお!)

 花弁たちはとても騒がしく、祝いの言葉もかき消されてしまっている。

「違うんだよ」

 僕はそう言って下駄箱まで声を振り切りながら歩いて行った。
 下駄箱と外を区切るガラス張りの壁に大きな紙が張り付けられており、クラスと名前が発表されていた。

「明月紫音は何組かなっと」

 周りの生徒に怪しまれないようにあくまで独り言っぽく僕はそう言って紙を見渡した。

(めいげつしおん……明月紫音君はI組の十七番だよ〜)
「あんがと」

 ガラス製の扉に着いた木の取っ手を引き、同じような方法で自分の下駄箱を見つけた。

「どうも」
(これから長い付き合い、優しく扱ってくれよ)

 一番上にある自分の下駄箱に靴を入れ、しっかりと南京錠を掛けて上靴を履いた。

(ここは死んでも通さない、すれ違う奴は全て抹殺する)
「精々頑張ってくれ」

 やる気満々な南京錠君に一声かけて、僕は自分のクラスへと歩いて行った。

「凄いドキドキする、どうしたらいいんだ……」
(頑張ってくださいマスター、はあと)

 凄まじいまでの棒読みだった。
 やる気のない彼女は放って、俺は自分のクラスへと歩みを進めた。

「一年I組ってどこだっけ?」
(階段を一つ上がったところが一年生、二つが三年、三つで二年生。しっかりと案内を読みましょう)
「すいませんね、学校慣れしてなくて」

 通りすがりにあった教師用エレベーター君にお礼を言って、僕は階段を上っていきお目当てのクラスへと辿り着いた。
 ロッカースペースが教室の扉と扉の間についており、教室の中間は透明なガラスで中の様子がよく見えるようになっていた。
 左側と右側のロッカーのスペースに何やら紙が貼ってあるので覗き込んで見た。

「なるほど、出席番号で席の並びが決まってるのか、明月は……」
(明月は十七、男子で最後の番号だから一番左端から一つ右のの一番後ろ。なかなかに素晴らしい席だ)

 確かに漫画でも一番後ろの席だったりすると喜んでたな。
 だが、俺……僕にとって問題は愛しの彼女がいるかどうか。この一点に絞られている。

(そう言えばさっき茶髪のお嬢様が入ってな……)
「死刑」

 僕はロッカーに貼られた席の紙を引き剥がしビリビリに引き裂いた。

(ぎゃあああああ!)

 千切れて黙り込んだ紙片をポケットに入れ僕は呟いた。

「ドキドキ、このドキドキもまた一つの楽しみだったというのに……」

 すっかり落ち着いた僕は扉を握り、横にスライドさせて開け放った。

 クラスを見渡すと、半分くらいの机が既に埋まっていた。
 中でも異色を放っているのはあの二人だ。

 運命の少女、金の竜の不良。

 彼女は俺の席の左、彼は俺の席の前に座っていた。

(なるほど、運命を感じますね)

 普通の人からは静かな教室故に声は出せないが、僕もそれは感じている。
 ちなみに僕視点からの教室は大分騒がしい。

(女子の十番とと男子の十二番がカップルになるとみた)
(最近は黒板に入学おめでとうとか書く教師がいなくて本当イヤになるな)
(エアーコントロール!我が力は六月から解放される!)

 机やら黒板やらエアコンやら、チョークに椅子に電灯まで騒いでいた。

 俺は頬の筋肉が痙攣するのを感じながら自分の机まで向かった。
 そして、彼女の近くまで来たところでふわっと良い香りを感じた。

(アイゼンカンパニーの香水のNo.6をよろしく!よろしくね!)

 この香水はちょっと自己主張が激しすぎるな、香りは控えめなくせに。

 一気に落ち着いた僕は自分の席の横に鞄を置いて椅子を引こうとした。

(あんたが俺の旦那か!よろしくな!)
「ぶっ!」

 触れてもいないのに後ろに独りでに音を立てて後ろへ下がる椅子畜生。
 俺は右左前と確認して、誰も見ていない事に安堵した。

(マスターの心臓に悪いので今後は控えてください)
(わりいわりい、俺っちジェントルメンだからさ)

 こんなに心臓に悪い体験は久しぶりだよ。
 僕は疲れたように椅子にもたれかかって、前を見ると……。

(この子が!この子が自分で!この天王寺海君が自分で竜を縫ったんです!この見た目で!)

 ブレザーが大声で騒いでいた。

「ぶふっ!」

 衝撃の告白に思わず噴き出すと、前の席の天王寺君とやらがギロリッと肩越しにこちらを見てきた。
 そんなマズイ状況なのに、ブレザーの告白は止まらない。

(一針〜一針〜、ブレザーが届いてからあ!丹精込めて縫ったんですよ!HAHAHA!)
「ぶっ!くふふっ!」

 最後のアメリカンな笑いが卑怯だ……条件反射的に笑ってしまう。

「なんだお前? 俺が何か面白いことしたか?」

 ドスの聞いた声で俺にそう尋ねてくる天王寺さん、超絶に面白い事がありました。

(ちなみにこの子中学時代に十数人病院送りにしてますよ)

 彼の手に嵌めてある髑髏の指輪君がご親切にそう教えてくれた。
 もうちょっと早めに教えてほしかったなあ。

 ほら、教室が物の声含めて静まり返っちゃってるよ……。

(ご主人!今から俺が言う言葉を復唱すると良い事が起こります!)

 鞄の中からシャーペンの言葉が聞こえてくる、流石は数年来の付き合い頼りになる。

「おい、何とか言ったらどうよ?」
(こほん)

 咳払いを一つしたシャーペンの言葉を完全にトレースする勢いで僕は喋り出した。

(「いや、お前がその刺繍を夜なべして縫ったと思うと笑いが止まらなくてさ天王寺ちゃん、ゲラゲラゲラ)ええっ!?」
「へえ?」

 あわわ、天王寺さんのコメカミが痙攣してる。座ったままとはいえ体も完全に俺僕に向き直って睨んでらっしゃる……。

(最後のゲラゲラゲラが良い具合に棒読みっぽくて相手の神経を逆撫でしましたね)
(マスター、ご武運を)

 ちくしょうこいつら……。

「お前名前は?」
「め、明月紫音です……」
「んじゃ紫音、放課後ツラかせや。喧嘩は買う主義なんだよ俺」

 そう言うと天王寺さんは僕の机に肘を乗せて、口を大きく歪めた。

(ハッハッハ、ご主人に勝てるわけないじゃないですか!そうでしょうご主人!)
「ちょっと黙ってようか」
「ハッ、大人しい顔して意外と言うじゃねえか」

 …………火に油、シャーペンの扱いを本気で考えたほうがよさそうだ。
 天王寺さんなんか、目を細めて楽しげに笑ってるよ。この人ダメだよ、病院にもいたよこんな感じの笑いながら人殺せそうな人種。

(ちなみにさっきの病院送りって言うのは携帯で救急車を呼んだだけだよ)

 意外と良い人かもしれない。
 その情報も少しだけ早くほしかったな、うん。

「そんじゃあ放課後、逃げんなよ」
「も、もちろん」

 僕の初めての学校生活が初日から大波乱です。
 まるで前に読んだ漫画のよう、五体満足で帰れるでしょうか。

(マスター、横、横)
「……?」

 その声にちらりと横を見ると、愛しの彼女がこちらを見てました。

「…………」
(冷たい目ですね。シャーペン、こういうのをふらぐが折れたっていうんですか?)
(その通り、彼女のご主人に対する印象は喧嘩っ早い不良で確定したのです!)

 シャーペン、俺だんだんお前が分からなくなってきたよ……。

 絶望、僕の学校生活に早くも陰が差し込み始めていた。


………………
…………
……


 あれから担任が来て、生徒が全員出払って体育館へと行き入学式を行った。
 右側の天王寺さんから感じるオーラに恐れ慄きつつも問題なく式は終わり、僕たちは教室へ戻ってきた。

(緊張しましたね)

 本当に初めての入学式と彼のオーラとの二重の意味で緊張した。
 一番大変だったのは校長が話している中で横で立っている教頭先生のヅラがトークショーを繰り広げてた事だ。
 この学校の面白話を永遠と繰り返していて笑いを堪えるのに大変だった。

(柔道の先生のデパートでエレベーターを利用した時の何階をご利用ですか?は傑作でしたね)

 まさか「初めてです」と答えるとは思わなかった。『を』を聞き逃すとかレベル高すぎるだろ……。

 机に肘を立てて手を組んだ上に額をのせて顔をうつむかせる僕、思い出し笑いを隠すのが大変だ。

「それじゃあ、皆にアンケートを書いてもらう……ほら回せ」

 小太りの先生がかなりやる気なさげに紙を渡していく。

(ご主人!ほら俺俺!俺の出番が来ましたよ!)
「…………」

 数秒の葛藤の後、僕は鞄からシャーペンを取り出してやった。
 そして、天王寺さんが凶暴な笑顔と共に紙を回してきた。

(あ、ご主人、痛い痛い)

 思いっきり握りしめてるんだから痛くもなるわな。
 僕は仕方がなく普通に握りなおして、アンケートに名前を書いた。

 内容は起床時間とか、通学時間とかのただの生活アンケートだがこういうのが初めてなのでちょっと緊張する。

(名前と言ったら隣の子、御堂 鈴ちゃん。気品がありながら可愛い感じですよね〜)

 お前のせいでいろいろ台無しになったがな……。
 僕は未練がましく、気づかれない程度にちらりと彼女の方を盗み見た。

「…………?」

 彼女は何やら僕のと同タイプの学生鞄を膝に乗せて、中を探っていた。

(ご主人、ストッキングっていいですよね)

 概ね同意できる意見ではある。

(ちょっと、ちょっと!隣の変態!)
(あんだゴルア!もうちょっとマシな罵りはできねえのか!)

 僕は本格的にシャーペンをどうしたらいいか分からなくなった。
 おそらく御堂さんの鞄からだろうと思われるが、一言言えるとしたらゴメンナサイだ。

(この子今日筆記用具ないのよ、その変態ちょっと貸してちょうだいな)

 どうしよう、出来る事なら貸してあげたいがこいつが一体何をしでかすか……それに話しかけるのが気まずい。

(ご主人、行かせてください!)
「……大丈夫かよ?」

 ひそひそと僕は手で壁を作りシャーペンに話しかけた。

(ご主人……聞いてください。俺はご主人が入院している間の勉強時間もずっと一緒でした。でもそれはご主人自身の変化に関わってるだけじゃないですか)
「……んむ」
(学校に通えるようになったご主人の外側、周りの関係にも関わりたくて先程はあんな事態になってしまいました。だからこそ、今度こそはうまくやりたいんです!)
「シャーペン……」
(もしこれが鈴ちゃんとの関係を持つ第一歩になれるなら、それは俺にとっての最大の喜びでございます)

 思わず目頭が熱くなってきた……。
 そうか、こいつは僕の事を想って行動してくれていたのか、長い付き合いなのに恥ずかしい限りだ。
 ならばこそ、こいつの想い無駄にはできない。勇気を出して話しかけよう。

「あの、使いますか?」

 僕のその問い掛けに、彼女は驚いたように目を見開いた。

「ありがとうございます……」

 どう反応したらいいのか分からない、そんな戸惑った様子で差し出したシャーペンをおずおずと両手で受け取った。
 ありがとうシャーペン、これで少しは関係性を修復できたかもしれない。

(……いい)

 心の中でガッツポーズをして、紙面に視線を彷徨わせていると左から妙な声が聞こえてきた。

(はあはあ、女子高生の手!柔らかい!気持ちいい!ああ、そんな風に握っちゃいやん。もっと優しくしてえぇん)
(ちょっと!鈴が汚れる!黙ってなさいよ!)

 開いた口がふさがらない、さっきまでの感動は何処へ消えてしまったのだろうか。
 教室にカリカリとペンが走る音が響く中、場違いに響く嬌声。

(ああ、出ちゃう!シャーペンの芯が出ちゃうう!)

 カチカチという音と共に聞こえるそんな声に、僕は頭痛が隠せなくなってきました。

(マスター、ゴミ捨て場は自宅から徒歩二分の場所にあります)

 捨てても捨てても転がって戻ってきそうなところが恐ろしい、でも僕から離れたら動かなくなるから大丈夫か?
 そんな参段をされているとも知らずに、シャーペンはひたすらに甘い声を上げ続けていた。

 そして、御堂さんは僕の方に視線を逸らしつつ両手でシャーペンを持って差し出してきた。

「た、助かりました……」
「お構いなく」

 僕は自分にできる最大限の笑顔でそれを受け取った。
 
(ご主人、俺やりました。お役に立てましたよ!)

 そして思いっきり握りしめてあげましたよ、ええ。

(賢者タイム!これから数分間は男から一切の攻撃を受け付けない!)

 なんか変な能力を発動していた。こういうのは言ったもん勝ちなところがあると思う。
 シャーペンを机に転がして、机に肘をつくと、前の方の席から女子の声が聞こえてきた。

「あれ?ない……ない……」
「どうかしたんですか?辻さん」
「えっと、財布がなくなってるんです。教室出るとき鞄に入れたんですけど」

 そう言うのは、最前列に座っている辻とかいう人。
 髪はショートで黒髪を間違った染め方した茶髪、有り体に言うと不良っぽい茶髪を持った人だ。
 このクラスで天王寺君入れて二人しかない見た目から不良の人である。

 どうやら財布をなくしてしまったようで、鞄の中を引っかきまわしている。

「ふむ、教室を出るときまではあったんだね?」
「はい……」
「だったら盗られたか……勘違いか……」

 そう言って小太り先生は難しい顔をした。

(普通こういう時に盗られたとか言いますかねマスター?)
「いかにも駄目教師って感じだしな」

 入学式での他の先生は感じのいい人ばかりなのに対して、この人だけはオーラがどんよりしている。
 心なしか、持ってる品々からも良い気配がしない。

「そういやあんた、一番最後に出てきたわよね?なんか知らない?」
「え……いや、その、し……知りません……」

 その辻さんの言葉を皮切りにクラスの皆が辻さんの右隣の男子生徒に注目した。

(これは疑われるフラグ!早くも学級崩壊の足音が!)

 シャーペンが机をコロコロ転がりながらそう言っているがあまり冗談に聞こえない。

「ぼ、ぼく……ぼくじゃないです……」

 そんな空気を感じてか、そう言うが今この場においては逆効果以外の何物でもない。

「誰もアンタって言ってないじゃない!何よ!?あんたが盗ったの!?」
「ち、ちが………………」

 そう言って立ち上がり今にも掴みかかろうとする辻さんと男子生徒の間に先生が割って入った。

「何も彼と決まったわけじゃないだろう。ほら座って座って」
「ちっ」

 辻さんは舌打ち一つして、大人しく座ったが納得ならない様子である。

(旦那、旦那。実は俺っち犯人知ってますぜ!)

 そんな折、椅子君が衝撃的な発言をした。

「……なんで今更?」
(俺っちジェントルメンですから、空気を読んで発言したんでさあ)

 なるほど、この子も結構面倒くさい子みたいだ。

(犯人はあの小太り教師でさあ、皆が出払って窓の鍵閉めた後にスッと盗ってさも当然のように出てったんでさあ)
(予想以上にクズ教師でしたねマスター)

 まったくだ、ここ結構給料良いだろうに。アレか、ニュースで偶に見る仕事の鬱憤が溜まってって奴か。

(ここは旦那が名乗り出て華麗に事件解決って流れで行きましょうや!)
「無理無理、財布のその後が分からないし、何より証拠がない」

 僕の椅子が言ってましたなんて言える訳もない、言ったら確実に僕も疑わしい人リストに乗ってしまう。

(旦那、そこは勢いでどうにでもなりまさあ!)
「無理」
(ご主人、俺と時計も付いてますからご安心を!)
「無理」
(ここで探偵みたいに華麗に事件を解決したら鈴ちゃんからの評価もウナギの鯉のぼりですよ!)
「む……」

 なるほど、それは確かに……って失敗したら赤っ恥な上に永遠に仲良くなれなくなる気がする。

(ああもうじれったい!)

 シャーペンはそう言って、また声を張り上げた。

(服ども!ご主人の恋愛成就のためにいざ!オーエス!オーエス!OL大好き!)
(オーエス!オーエス!)
「ちょ……ちょ!?」

 勝手に足が上がり、勝手に片腕が上がっていく、椅子も勝手に引いて行き、僕はこの教室の空気の中一人立ち尽くすこととなった。

「どうしたのかね……十七番の……明月君?」
(ご主人ここは腹括っていきましょう!)

 そりゃもうここまで来たらやるしかない、僕として罪のない男子生徒が疑われているのを見るのは本意ではない。
 何よりこの教師が気に入らない、僕の学校生活プランには到底似つかわしくない先生だ。ならばここで辞職に追い込めればバンバンザイ。

(マスター、こないだ読んだ推理小説のあのセリフです)

 あ、アレか……恥ずかしいが、服どもが片腕を上げさせている以上やるしかあるまい。

「な、謎は解けた!犯人はお前だああああ!」
「なっ!?」

 自分の顔が紅潮しているのを感じながら、僕は小太り教師に人差し指を突きつけた。

「……ふう、明月君座りなさい。何の確証があって……」

 僕は彼の言葉を遮り、大きく叫んだ。

(マスター、まずは男子生徒の疑いを晴らしておきましょう、それと同時に教師の犯行が可能だという事実を)
「この教室を最後に出たのはそこの冴えない男子生徒ではなくて、先生あなたですよ!」

 僕の言葉に教室の何人かが「そういえばそうだ」と声を漏らしている。

「あのねえ、私が盗るはずないだろう。何の得があるんだ」
(これがクズ特有の話題を反らす、ご主人!流れ断ち切ってこう言ってください!)

 朝の天王寺さんとの会話の時のように、僕はシャーペンの言葉に合わせて声を張り上げた。

(「理由なんかどうだっていい!証拠を見せてやる!」)
「なっ!?」

 僕がそう言うと先生は初めて焦ったような表情を見せた。
 ここはシャーペンの言葉に合わせて突っ走るしかない、最悪僕の力をフル活用すれば財布は見つかるはずだ。

「ば、バカをいうんじゃない!やってないのに証拠がでるはずないだろう!」
(「廊下に出てください!見せつけてあげましょう!あなただという証拠をね!」すかさず教室出て!)

 シャーペンの言葉通り、僕はシャーペンを胸ポケットに挟み一直線に廊下へ向かい扉をスライドさせて開いた。

(よーし、証拠探しますか)
「おい、確証なかったのか!?」
(大丈夫大丈夫、誰か知ってますよ)

 シャーペンはそう言って、廊下中に聞こえる声で叫んだ。

(お財布さんはどこですかー!?)

 その声に呼応するかのように、カタカタとロッカーの一つの扉が動いた。
 一番左端、四十番のロッカー。
 この教室は三十四人しかいないため、三十五番からは全て学校側の南京錠で鍵がしてあるのだ。

(なるほど、確かにここなら誰も疑いませんね。マスター、鍵を開けてください)
「いや、僕が開けたら僕が怪しまれるんじゃないか?」

 どうしようかと悩んでいると、先生と生徒一同が僕とは反対側の扉から出てきた。
 他のクラスからも騒ぎが耳に入ったのか、何人かが顔を覗かせている。

「それで、証拠はあるのかね?」

 絶対にバレていない、この後に及んでそんな自信があるらしい。

(教師だから怪しまれない、そんな薄いベールで身を守ろうとしているのですからお笑いですね。マスター、早くそれに気づかせてあげてください)

 一枚剥げば、後は真実まで一直線。
 問題はこの鍵をどうするか、大衆の面前でピッキングをする訳にもいかない……開けてもらうか。

「先生、このロッカーの鍵。先生なら開けられるんじゃないですか?」

 この一言でチェックメイト、開けるのを渋ればその時点で疑いは最頂点に達する。
 僕はそう確信していた。

「何を言ってるのかね、そこの鍵は管理室にある鍵を使わないと開けられないんだよ。けれど今日私は管理室に入っていない記録だってある。これで十分だろう」
「…………」
(ご主人!ここは手段を選んでる場合じゃないですって!)
「…………あ、えと」

 周囲の生徒からの冷めた目線を感じる、シャーペンの声が遠く感じてしまう。
 真実は分かっているのに、周りのプレッシャーが僕に二の句を告げさせてくれない。

「……そのですね」

 口の中が渇き、足が震えてきた。どこを見ていいか分からない、背中に汗をかいているのを克明に感じ取ってしまう。

 真実を知っている事と、それを告げられるかは別問題なんだ。
 結局は病院に引きこもっていた自分の限界がここまでという事、推理小説のようにうまくいく訳ではない。
 
 何人かが教室に戻っていく、先生が僕に歩み寄ってくる。

(マスター、深呼吸です)
「え?」
(いつもより呼吸が乱れています。今から十数えます、しっかりと吸って次の十秒で吐き出してください)

 時計の言葉、それに導かれるかのように僕は目を瞑り息を吸った。

(一、二、三、四、五、六、七、八、九、十)

 大きく、ゆっくりと息を吸う。

(十、九、八、七、六、五、四、三、二、一)

 大きく、ゆっくりと息を吐いていき薄らと目を開けた。

(正常値に戻りました。安心してください、私と……一応シャーペンもいます)
(ご主人俺が付いてますよ……一応時計も)

 口に潤いが戻ってきた。僕は心の中で二人に礼を言って四〇番のロッカーに視線を落とし指で指した。

「ここ!このロッカーに財布は隠されています!」
「だから、そこは私は開けられないんだよ」
「開けられるんです!」

 何の理屈もなく僕はそう言った。
 明らかに周りのクラスメイトからは呆れの空気が漂っている。
 こいつはただの目立ちたがりのバカだとでも思っているだろう。

「話にならないな、明月君。後で生徒指導室に……」
「おい待てよ」

 先生の言葉を遮り、僕に彼、天王寺海の影が落ちた。

「な、何かね君は」

 いかにも小物らしく、先生は天王寺さんの風貌に威圧され後ずさった。

「開けてみりゃ分かるんだ。なら開ければいいだけじゃねえか、これでなあ」

 振り向くと、天王寺さんの手の中で鍵の束が音を立てて跳ねていた。

「き、君一体それは――!」
「今しがた取ってん来たんだよ管理室から、入学式の片づけで出払ってたのか誰もいなかったけどよ」
「か、返しなさい!下手したら君は停学だぞ!」

 いかにも焦っている、誰がどう見ても焦っている、そんな様子で先生はこちらへ指を突き立ててきた。

「でもさあ、下手したらあんたはクビだよなあ」

 そう言って、天王寺さんは鍵束を疑われていた男子生徒に投げた。

「お前が開けろよ、財布があったら投げつけてやれ」
「は、はい!」

 男子生徒は座り込み、一番左端の四〇番にいくつかの鍵を試していく。
 それと同時に先生の顔がみるみる青ざめ、汗をだらだらとかいていた。

 そして、六度目の鍵でようやくロックが外れた。
 男子生徒は中を見て目を見開き、右腕を中に入れ、長方形の物体を取り出した。

「あ、ありました!」
「へえ」

 天王寺さんが感心したかのように嘆息してこちらを見てきた。

(おお!やっとちゃんと外してもらえた!兄ちゃんミーの事を拾い上げてくれ!)

 その外れて地面に置かれた南京錠を拾い上げ、俺は前に突き出した。

(いやー、そこのバカ教師が昨日からミーの中を針金で何度もガツガツやってきて困ってたんだよ!)
「この南京錠の鍵穴、随分と中が傷ついてますが……先生、これでもとぼけますか?」

 僕のその言葉に先生は目を見開き、大きな声で叫んだ!

「私がやったという証拠にはならない!そいつが財布を取ってその後にピッキングで鍵を開けたんだ!そうだろう!?」
(マスターあと一息です。息の根を止めてやってください)
「指紋がついています。あなたの指紋が……ね」

 男子生徒が辻さんに財布を渡す中、声が聞こえてくる。

(本当に、おっさんの素手で触られるとかマジありえないんですけど〜)

 絶対にばれない、その思い込みが指紋という発想に至らなかったのだろう。

「グッ、グウ……フン」

 先生は顔を真っ赤にすると、吐き捨てるように鼻で笑った。

「俺は悪くねえんだよ。ガキが五万も十万も持ちやがって、大人として正しい金のサイクルに乗せてやろうって思ったわけよ」

 人が変ったように語りだした先生、悪あがきはどうやら止めたようだ。

「お前らみたいなガキが金を貯めこむから金が回らない、その結果俺の給料が下がるんだ。やってらんねえよ!」

 床に唾を吐き、突然笑い始めた。

「経済安定!!経済安定!!」

 狂ったように上を向き笑いながらそう叫び続ける先生。
 僕の勝ちなのだろうが、こんな大人を見ているとどうも現実味がない。
 華やかな学校生活を期待して胸を躍らせていざ登校したらコレだ。

 他のクラスの先生が押さえつけて連れて行くのを見て、僕は一先ず胸を撫で下ろした。

「ようお疲れ、やっぱお前面白いわ。放課後、しっかり付き合えよ」

 そう言い、僕の肩を叩いて一足先に天王寺さんは教室へと戻っていった。

(お疲れ様ですマスター。十時二十三分三十六秒、事件解決しました)
(ご主人、これで決まったよ!鈴ちゃんどころか、このクラスの女子全員のハートをキャッチしましたよ!)

 それはないと思うが、今後のクラスでの立ち位置に大きな変化を与えたのは言うまでもない。
 いまいち自分が大それたことをしたという実感は湧かないというのがなんとも、結局は物達の言葉を聞いてそれを言っただけだし。

 僕が釈然としない気持ちでいると、背中をポンと叩かれる感触がした。

「えっと、お疲れ様……です」
「あ、ど、どうも」

 相変わらず目を逸らして僕にそう言い、すぐさま踵を返して教室へと戻っていった。

「クーーーーッ!」

 とてつもなく嬉しい!今初めてこの能力に感謝した。
 僕の人生を壊す能力だと思ったが、そんな事はなかった!

 今回みたいに人の役に立てることができるし、好きな人にアピールもできる。

 まだまだわからないことだらけだが、なんとなくこの先もやっていける。そんな確信と共に学校での一日が終わった。







「天王寺君、ツラかせってここ……」
「放課後寄る所でゲーセン以外どこにあんだよ。あと、俺の呼び方は海だ」

 なんか海の好感度がやたら高い気がする……。

「俺の事見るとよ大抵の奴はビビるのによお前突っかかってきただろ。思ったんだよ、面白そうだってよ」
「な、なるほど〜」

 こういう人の考える事はよく分からないでございます。

「つかお前さ……」

 格闘ゲームの著体の向こうで海がごもった声を出していた。

「うますぎるだろ、カスリもしねえぞ」
「いやあ、結構得意で……」

 嘘です生れて初めてやります。

(弱P、弱P、弱K、勝竜剣!)

 流石はゲーム本体。プレイさせると最強だな本当。

「もう一回だ!もう一回!」
「あいさー」

 この後、海は十回封殺されてやっと負けを認めてくれた。
 うん、友達と一緒にゲームセンターに行く、この夢が叶ったな。







 すっかり暗くなった家路を歩いていく中、僕は満足感を得ていた。

「好きな人出来て、友達も出来たし、変な事件もあったけど……うん、概ね良し!」
(マスター、門限まであと十分。急いだ方がよろしいかと)
「あ、うん……」

 できればもう少し感慨に浸らせてほしかったが、母さんを心配させるのも悪いし急ぐとしよう。

(あーあー、この辺の家のゴミはなってないぜ。お行儀よく捨てやがって)
「ん?」

 何故か頭上から声が降ってきた。

(少年よ大志を抱け、よし息子の名前は大志にしよう!あと幾つ考えればいいのだろうな主人よ)

 向かいから来る散歩している犬がワンワンではなく人の言葉を喋っていた。

(テレレテッテッテー、ご主人の能力のレベルが上がった!)

 シャーペンが茶化してくるが、シャレにならない。

「そのうち虫とか元素とか喋り出したらどうしよう……」

 この力との折り合いはまだ取れそうにない。



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